第3話「幸運な奴は歓迎するぜ」
フロップ・ポーカーは共通カードが五枚、手札が二枚で役を作るゲームだ。
手札は全て使ってもいいし片方だけ使ってもいい。まったく使わなくても構わない。とにかく強い役を作ればいいんだ。
勝てるかどうかなんて分からない。いくらハンデがあっても『運』に作用されるゲームだから。僕は別段運が良いほうでもない。だから定時までの二時間を潰せればいい。運が良ければ勝てるかもしれない。そんな風に考えていたんだけど――
「フラッシュだ。これで残りは十枚だな」
「…………」
遊び人は半端なく強かった。
僕よりも強い手役を作ってくる。
弱い手役でもハッタリで押し切ってくる。
素人の僕よりずっと上手だ。
「うううう……」
チップは残り十枚。
絶体絶命のピンチだった。
これではルシルに仕送りしてあげられない!
「君、こういう賭け事向いてないね」
「そ、そうですか?」
「素直過ぎるっていうか、相手の手役に振り回されているんだよな」
やれやれと言わんばかりに肩を竦める遊び人。
一矢報いたいところだけど……
そのとき、ディーラー役の美女が僕に目配せしてきた。
なんだろうと思ったけど、すぐに目を逸らされた。
そして次のゲーム。
配られたカードはクローバーのジャックとクイーン。
共通カードはスペードのキングとエース、そして十。その他はダイヤの二とハートの四だった。組み合わせると、ストレートだ。
さっきの目配せは、イカサマを仕組んだという合図だろうか?
だとすればチャンスかも……
「よし。良い手が入った。オールインするぜ」
すると遊び人は信じられないことにオールイン――全賭けしてきた。
「あ、あのう。僕十枚しか……」
「もちろん、賭けるんならオールインしてもらわねえと。もし負けたら半額を九か月支払ってもらう」
どうしよう……おそらく向こうも相当良い手だと思うけど、美女を信じるなら確実に僕が勝てる。
もし勝てばいくらか知らないけど、遊び人の給金が入る。ルシルに良いものを送ってあげられる。
だけど――
「すみません。降ります」
残り一枚しかないけど。
一枚しか残っていないから次のゲームできないけど。
僕は――降りてしまった。
「……へえ。どうして降りたんだ?」
どことなく感心した顔の遊び人。
美女は僕と目を合わせずににやにや笑っている。
「イカサマしてもらっていたんだろ?」
「えっ? 分かっていたんですか?」
「当たり前だよ。それで、どうして気づいた?」
気づいたという言葉の意味が分からなかったけど「もしイカサマで勝ったら」と正直に答えることにした。
「ルシル……妹に贈る物が、なんだか可哀想な気がして。イカサマをして手に入れた金で買うのは、あんまり、その、嬉しくない……僕の気持ち的にも」
自分の気持ちの整理がついていないので、あやふやな言い方になってしまった。
遊び人は笑みを消している。
ひょっとして、怒っているのかな?
「それに、イカサマをして給金全部取ったら、あなたが困ると思って」
「俺が? もしかして、同情でもしたのか?」
「……自分でも損な性格だと思うけど」
遊び人は穴が開くほど僕を見つめた後「皇子が加えるんだから変な奴だと思っていたけど」と呆れて笑った。
「お前、良い奴だな」
「はあ……」
「しかも運を持っている」
遊び人は手札を晒した。
スペードのジャックとクイーン。
ロイヤルストレートフラッシュだった。
「幸運な奴は歓迎するぜ」
「……あははは」
笑うしかなかった。九か月半額になるところだったんだから。
美女が「あたしがイカサマをしているのを気づいたけど」と問う。
「この人と組んでいるとは思わなかったの?」
「あ……思いませんでした」
「……呆れたわ。こういうのなんて言うのかしらね?」
遊び人は「無欲の勝利ってやつだろ」と笑った。
「降りたことでゲームを続けられないけど、チップは残った。お前の勝ちだよ」
「そ、そういうものですか?」
「だけどまだ、俺はお前を信用していない。いざというとき、背中を預けられるかどうか、分からない」
遊び人はにやけたまま、もっともらしいことを言った。
僕は「そのとおりですね」と頷く。
「僕もまだ、あなたたちのことを知らない」
「そういうことだ。でもまあ、一応名乗っておくか」
遊び人はにやけた顔のまま言う。
「俺はライという。臣民出身だから姓はない」
次に美女が言う。
「あたしはヴィオラ・ビードロ。一応、貴族の出よ」
「旦那も自己紹介しておけよ」
そうだった。包帯男はずっと僕たちの様子を見ていたんだ。
「……ブリキ」
包帯男の声は感情が無く、まるで人形が喋ったようなトーンだった。
僕は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「よーし。明日からここに直接来いよ。朝の九時までにな」
「遅刻は駄目よ。それだけがルールなの」
ライさんとヴィオラさんに言われて、僕は「厳守します」と敬礼した。
◆◇◆◇
近衛兵の宿舎から荷物を持ち出して、僕は紙に書かれた宿を探していた。
僕は公式に近衛兵をクビになったようだ。先輩の忠告を聞かずに、軍紀違反を犯したのだから当然だ。
出て行くとき、兵長から紙を渡された。しばらくそこの宿で暮らすようにと命じられた。
追い出されたのだから聞く道理はなかったけど、宿無しよりマシだと思って素直に言うことを聞いた。
幸い、宿の住所は城の近辺に会った。
暗くなる前に急いで入ろうと探した結果、見つけたのは――
「……酒場?」
なかなかの繁盛具合で、人が次々と入ったり出たりしている。
何かの間違いかなと思ったけど、お腹も空いているし、とりあえず食べながら話を聞こうと中に入った。
「いらっしゃい! ……って、軍人さん? ああ、ようやく来てくれたのね」
「……いらっしゃい」
中に入ると給仕をしている金髪の若い女の人と料理を作っている白髪のおじいさんが出迎えてくれた。
「あ、あの。宿は――」
「好きにここを使っていいから。変な客が出たらすぐに追い払って!」
まさか、用心棒としてここに住み込むのかな……
まあ近衛兵を追い出されたから、こういう嫌がらせがあってもおかしくないけど。
「分かりました。奥の席にいますから」
空いていた隅っこの席に着く。
大変だなあ、生きるって。
中をじっくりと見ると年季の入った老舗の酒場だった。おじいさんの後ろに並んであるお酒は高級そうで、父さんがこの場にいたら楽しんで飲むんだろうなと思う。
金髪の給仕さんは目が青くて、エプロンをしている。
おじいさんは料理を作り終えたのか、コップを黙って磨いている。
時間が経つと次第に客が帰っていく。
何事もなければいいなと思っていると「邪魔するよ」と明らかにガラの悪い男が入ってきた。思わず身構える――
「あら。お久しぶりね。何しに来たの?」
「素っ気ないこと言うなよ、メリッサちゃん。今日は良い話を持ってきたんだ」
「あなたのところのお坊ちゃんとは結婚しません」
「度胸あるねえ。いや、そういうところが、若が気に入ったんだろうな」
給仕の人――メリッサさんは「何飲みます?」と酒を薦めた。
なんだ、変な客じゃないのか。
安心して座り直すと、今度は「兄貴!」と舎弟らしき男が入ってきた。
「なにがあった?」
「襲撃です! ジェラートの奴らが――」
「分かった。行こう。邪魔したな、メリッサちゃん」
「待って。そこの人、出番だよ」
「……出番?」
意味が分からない。
メリッサさんは「この人に加勢してあげて」ととんでもないことを言い出した。
「それがあなたの仕事でしょ? きっちりとジェラートの人、やっつけてきて!」
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