第2話 風上にも置けないな
『ごめん、ライン交換してくんね?』
私は入学式のすぐ後、私は体育館裏に呼び出された。口頭で。
「えっと、理由を聞いても良いですか?先輩」
私は柄にもなく慌てていた。だって仕方ないでしょ!?今日は高校生活初日、まず考えるのはクラスに溶け込むこと。それに向けて心の準備をしていたと言うのに、入学式終了直後に連絡先の交換など、予想していたはずがない。
「いや、申し訳ないんだけどね。入学式終わったばかりでまだ緊張してるでしょ?」
先輩も慌てて私に謝罪する。と言っても、理由は濁したままだ。何か深い理由が・・・あるとは思えないが、先輩が次の言葉を言うのを私は待った。
「あ、俺は遠野。遠野潤って言うんだけど、覚えてくれると嬉しいなあ。」
「あの、言いにくいんですが、本題が告白ならちょっと——」
「いや、そんなそんな。そんなわけないじゃない(?)」
「は、はい?」
私が断りを入れようとすると、すかさず遠野先輩は否定する。なら何だと言うのだろうか、私は素直に聞き入れることができず、困惑した。
「俺、一年の子の友達作りたくてさ。君にその一人目になって欲しいんだ」
「そ、そうなんですか?ならどうして私なんですか?他の子でもよかったのでは?」
遠野先輩の話はあまり信用できなかった。だから私はここで先輩を試すことにした。先輩がここで変な目、もしくはありきたりな理由を述べたなら、先輩は黒ということでさっさと教室に戻らせてもらおう。
「それは————」
途端、私は目を見開く。先輩から聞かされた衝撃の理由は、先輩を信用するのに十分だった。
「やっぱり、ダメかな?」
「い、いえ!ぜひよろしくお願いします」
気がつくと私は身を乗り出していた。私が見る限り、先輩は最も凄い人だ。彼の誘いを断る意思は、もはや私には残っていなかった。
ただ、それまでずっと同じスタンスだった先輩が狼狽えた瞬間が一度。
「ありがとう!君に話しかけてよかったよ!」
「いえ!こちらこそですよ。ただ、通知はオフで良いですかね!!」
「え?」
その沈黙が何を指しているのか、私にはわからなかった。なぜ顔色が悪くなっていく先輩に、私が慌てて投げた言葉は、ある意味、最悪だったかもしれない。
「あ!ちゃんとチャットは読みますので!」
「う、うん」
絶望感が漂うその雰囲気は、私がイメージしていたものと大分違った。
誰も何も話さない時間が続き、悲壮感に満ちた始業のチャイムが、鳴り響いた。
「そ、それじゃ、俺は戻るから」
「そ、そうですか、連絡、待ってます。」
もはや私の声すら聞こえているか怪しいような萎れた姿で、先輩は体育館を後にする。
残された私は、あのとき先輩に言うべきだったことを、独りで呟く。
「だって、先輩のこと、友達に知られたくないじゃないですか。邪魔の入らない落ち着いた時にだけ話したいっていうのは、ワガママなのかなぁ?」
♦︎♧
「では、以上で今日の授業は終わりだ。明日からは、宿題テストだからなー。提出物忘れないようにー」
歓声も悲鳴も上がらず、空気は凍りつく。2年だからもう慣れた、というか準備をしていれば大丈夫な恒例行事ではある。
しかし、このように釘を刺されば、何故か自信はすり減っていく。
「・・・暗記モノは見直しておくか」
今更問題を見直すのは無駄、という訳ではなく面倒くさいだけなのだが、何もしないのは気が引けた。
「明日のテストは余裕の様ですね?」
俺が鞄を持つと、篠川さんはこちらを向いて言った。
「い、いやそんなことは無いですよ」
学力には自信がある。しかし、悩みの種がこのように頭の中を掻き乱すと、実力通りにいかない場合もないとは限らない。
「何か理由がありそうですね。それは私にあるのでしょうか?」
ニコニコとしながら篠川さんは俺に問う。俺は否定しようと試みるが、あのルールを思い出して言い換える。
「いや・・・いえ、正直言うとそうですね」
「そうですか、光栄ですね」
答えに満足したように、篠川さんは笑みを浮かべたまま、踵を返す。
「あの!篠川さん」
俺は、彼女を呼び止める。まだ、今なら間に合うかもしれないからだ。
「前坂くん、それは、必要な会話でしょうか」
「ああ、これは必要なことです。篠川さん、休み時間のときのことを謝ります。あの時、俺が遠野から聞いていたのは、君の噂なんです」
俺は、あの時、確かに彼女に嘘をついた。あれはあの場の雰囲気に合わせたこともあるが、それだけではない。
「そうですか。それはそれは。しかし、冷酷なことを仰るんですね。それは本来、嘘のままにしておくべきことなのでは?」
「そうですか?俺はそうは思いません」
俺が聞いたのは噂だ。遠野はああ見えて情報通でもあるから、信憑性は高いだろう。
しかし———
「根も葉もない話を信じるほど俺はバカじゃありません。俺はあんなの信じてませんから」
すると、それまでニコニコしていた篠川さんが、一瞬笑顔を崩し、それからもう一層美しい満面の笑みを浮かべる。
「そうですかそうですか。それは良かったです」
彼女のご機嫌は取れただろうか。俺に気づかれたのは意外かも知れないが、この選択がミスリードでなかったことだけを望むばかりだ。
彼女の噂を信じない理由は、恐らく噂自体が彼女が仕組んだ自作自演であるからだ。そもそもあそこまで賢い彼女が、そこまで自分に不利な情報を流させる訳がない。
なら、そんな情報が流れているのはなぜか。敢えて流しているからに決まっている。多分、俺のような彼女のターゲットになった被害者がいるのは本当なのだろうが、そのほとんどが、ルールを口封じさせられているはずだ。つまり、噂の一部は本当であるが、7、8割のものが偽装情報で、自分の人気、特に男の人気をコントロールしているのだろう。
「おっかねえ人だよ、本当」
本人は自衛のつもりなのかも知れないが、その盾はこれまでの被害者の屍だ。怨念を買うとは思わないのだろうか?
いや、それを捻じ伏せるのが彼女の手腕であるのかも知れない。現に俺にできていることは、彼女の気に触れないようにするくらいのものだ。
「とにかく、従順に生きるのが正解か。」
俺は恐れをなした。当初の計画なら今日は沈黙を貫くつもりだった。もし自己紹介があればそつなくこなし、クラス内である程度の地位、言い換えれば中立的な立ち位置を確保できれば、それでよかった。高二の始業式なんてそんなものだ。
「よう、前坂。お前も風上にも置けないな」
この男も、俺の計画を乱した一人なのだが。
「どこがだよ。この手の震え、見てわかんねえのか?」
「いやいやいや、親友の俺が一番わかってるさ。篠川さんに話しかけるの、勇気いるよなー」
「そういうことじゃねえよ!?」
やはり遠野は何もわかっていないのだ。いつも妙に鋭い感を放つ彼も、今回は役に立たない。
「でも良い雰囲気だったじゃねえか?」
「どこがだよ?」
「あんなに笑ってる篠川さんは初めて見たからな!」
「そうかい」
始業式初日に初めて見るのは当たり前だ。それに、俺は窮地に立たされているのだ。あの雰囲気のどこが良いのか。
「それよりもお前、テス勉しとけよな」
「うげえ、でもそうだな。あの子に顔負けできるようにしないとな」
「・・・聞いて欲しそうだから聴いてやる」
「あの通知オフってきた子からメールが来てさ、『宿題テスト終わったらどこか遊びに行きませんか?』だって!」
「おお、よかったじゃないか」
遠野は、何故か後輩と上手くいっている。
なぜ俺がこいつなんかよりも、とは思わなかった。もともと俺よりコミュニケーションは上手く、本質的に善人であるからだ。
やったぜ!と喜ぶ遠野を横目に見ながら、俺は教室を去っていった。
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