4. 大きな間違い

 ずっと、愛などなかったのだと思っていた。

 自分は、親からの愛を受けられなかった、な子。でもそれは、とてつもなく大きな間違いだった。その"可哀想な子"を作り上げていたのは、紛れもない、──僕だった。

 母も父も、僕に限り知れないほどの愛を与えてくれていた。その事実ことを、二人がいなくなって初めて気が付くとは、なんて──なんて、皮肉なのだろう。


 母は、ガン、だったのだそうだ。発覚した時には既に、ステージフォー。手術をすることもかなわない、末期の状態。

  それでも、少しでも僕といられる時間を増やすために、定期的に認可の降りていない治療薬を投与しに行っていた。だから母は、家を開けることが多かったのだ。

 認可の降りていない薬。つまりそれは、保険が効かない、ということ。薬には、多額の費用が掛かった。

 父は、僕が苦労しないようにと、死という道を選んだ。──僕のために。自分が死ねば、保険金が降りるからと。

 勿論、母は猛反対した。父が死んだら、それこそ僕の道が閉ざされてしまう、そんなことをしても私もあの子も、誰も幸せになんかなれないと、涙でぐちゃぐちゃになった顔で父に訴えた。けれど内心では、父が一度決めたら曲げない人間だと分かっていた。それでもやはり、愛する父のことをどうにかして止めたかった。

 母の必死な願いを聞いて、父は困ったように笑ったそうだ。俺は父親らしいことを何もしてやれなかった。あいつはお前に似て賢いから、俺とあいつとの間に距離感があるってことを、痛いほど分かっている筈だ。俺が死ぬことであいつが今後苦労せず生きていけるのなら、それは俺にとっての本望だ、死ぬことが、俺がしてやれる最後の父親らしいことなら、俺は喜んで死を選ぶよ。そう言った父の顔には悔いも恐怖もなくて、父親らしい、最高の笑みが浮かんでいたと、そう書いてあった。


 なんて無茶苦茶で、なんて身勝手な、それでいてなんて温かすぎる愛なのだろう。僕は何度も何度も、ぼやけそうになる目で母の字を追った。

 気が付けば隣には彼がいて、僕のことを静かにじっと見つめている。僕はどうしたらいいのか分からず、すがるように彼を見た。彼はどこか切なさをも感じさせる、けれど温かな笑みをその顔に浮かべ、

「さっきも言ったでしょ。泣けばいいんだよ、思い切り」

 そう言って、僕の背中に優しく手を置いた。その手が僕に触れた瞬間、何か大きなものがせきを切ったように溢れ出すのを感じた。

 僕はその大きな感情に戸惑いながら、それでもその感情の流れに身を委ねる。


 僕はその場に崩れ落ち、そして声を上げて泣いた。母の手紙を胸に強く握りしめながら。

 これまでの大きすぎる間違いへの罪悪感と、大きく温かな愛を与えてくれた母と父への感謝の気持ち、それ以外にも数え切れないほどの感情が詰まった、とてもあたたかい涙だった。

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