2.
ぱちゃ,ぱちゃ…
ゆっくりと進める足にかかる力が,段々と強くなる。水面はもう,膝の少し上あたりにまで来ていた。
僕はぼんやりと前を向きながら,機械的に足を進めていく。恐怖などなかった。
それにしても,ここの海にはどうしてこうも太陽の光が当たらないのだろう。記憶にある限り,この海が太陽に照らされているのを一度も見たことがない。
冷たくも暖かくもない海を一人進みながら,僕は時折身震いをする。
どれほどの時間が経っているのだろう。水面はもう僕の腰あたりにまで上がっている。確実に進んでいる筈なのに,目の前に広がる景色にまるで変化が見られず,例えようのないざわつきを胸に覚える。
再び進もうと足を踏み出した瞬間,誰かに手を掴まれるのが分かった。目を見開いて後ろを振り向くと,そこには彼が,
僕は目を見開いたまま,彼を見つめて呆然と言う。
「なんで──」
どうしてここにいるのだろう。彼がこちらを見ていないことを確認した筈だった。後ろからの足音も全く聞こえなかった。
そして何より,どうして僕を止めるのだろう。
彼の目元にある傷跡を見ながら,僕は急速に足から力が抜けていくのを感じた。崩れ落ちる寸前,彼が体を支えてくれた。僕は何も言わずに彼の腕の中で
「君の目が,出ていく前のあの人たちに,そっくりだったから」
僕を支えたまま,彼がぽつりと言った。僕は息を呑み,彼を見つめる。
「どうして,あの人たちのこと──」
彼は自身のことを,僕の心を具現化した存在だと言った。彼らのことを見たことはない筈だ。それなのに何故,彼らのことを知っているのか。
彼はゆっくりとこちらを見た。その瞳は,何かを探すかのように揺れている。
「分からない。だけど,──君の目を見た時,一瞬だったけど頭の中で,誰かが二人,こっちを見てた。二人を見た瞬間,何故か分かったんだ。二人が片割れくんの──ご両親だ,って」
悪いことをした子供のような口ぶりだった。彼は心配そうにこちらを見ながら,言葉を紡ぐ。
「片割れくんが死ぬつもりなんだって分かって,……でも,すぐには止められなかった。よく分からないけど,今じゃないような気がして……。それで少ししてから片割れくんの方を見たらどんどん進んでいってて,それ見て,本気なんだなって思った。だから追いかけたんだ」
僕は
「か,片割れくん……?!」と,彼が突然,驚いたような声を上げた。目を見開いてこちらの顔を凝視している。
「……何」
「片割れくん,──泣いてるから」
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