2. お出掛け

「──お出掛け」

 僕は小さく呟き,心の中で首をひねる。どうしたのだろうか,突然。それに,お出掛けと言っても一体何処どこに行くと言うのだろう。

「海だよ」

 彼は僕の心を見透かしたかのように,少し悪戯いたずらっぽい口調で言う。

「海?」

 彼の言っている意味が分からず,僕はその言葉を鸚鵡おうむ返しに彼に尋ねた。彼はやれやれと呆れたように腕を組むと,

「君って本当に鈍いよね。普通今の話の流れで分かるでしょ。海に行くってこと」

「あぁ…」


 海。その単語を聞いた瞬間,僕の胸はざわりと波立つ。だってそこは,その場所は。彼らが──。

「…分かった」

「お,素直だね。じゃあ軽く準備したら,行こうか」

 彼はそう言って,腕組みをしたまま例のあの微笑みをその顔に浮かべる。僕はこくりと小さく頷いた。彼は「外で待ってる」と言い残すと,外へと出て行った。


 ──僕がその場所で,何をしようとしているのか,知りもせずに。




 僕が住んでいる近くの海は,決して大きなわけでも,はたまた綺麗なわけでもない。ただそこに存在するだけ。強いて特徴を挙げるとするならば,波面は黒っぽく濁っていて,どんよりしている。

 更に海岸沿いには森があるものだから,容易には近付きがたい雰囲気をかもし出している。

 当然,あたりを見渡してみても,人がいる様子など全くなかった。

「不思議な場所だね,この海。何だか懐かしいような気もする」


 ざわり。


 僕はまたも波立った心を抑え込むかのように,胸に手を当て,深呼吸をする。彼はそんな僕の様子に微塵みじんたりとも気が付かぬ様子で,ぼんやりと海を眺めている。

 僕はそんな彼に,

「あの。もう少し向こうも見てきたら。ずっとここにいても,暇でしょう」

と声を掛けた。

 彼は一瞬の間を置いてこちらを見ると,「それもそうだね」と言い,ゆっくりと海岸沿いを歩き出した。


 僕は彼の背中を見送ると,海に,何処までも続くかのように見えるどす黒い存在に目を向ける。


 を最後に,僕の人生は終わったも同然だった。何を見ても,何を食べても何も感じなくなった。笑えなくなり,そしてまた泣けなくなった。

 僕はぼんやりと海を眺めたまま,誰にともなく呟きを漏らす。

 そして僕は,そのまま一歩,そしてまた一歩,躊躇ためらうことなく足を進めた。



「今からそっちに行くから。最後ぐらい見守っててよ,──父さん,母さん」

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