2. お出掛け
「──お出掛け」
僕は小さく呟き,心の中で首をひねる。どうしたのだろうか,突然。それに,お出掛けと言っても一体
「海だよ」
彼は僕の心を見透かしたかのように,少し
「海?」
彼の言っている意味が分からず,僕はその言葉を
「君って本当に鈍いよね。普通今の話の流れで分かるでしょ。海に行くってこと」
「あぁ…」
海。その単語を聞いた瞬間,僕の胸はざわりと波立つ。だってそこは,その場所は。彼らが──。
「…分かった」
「お,素直だね。じゃあ軽く準備したら,行こうか」
彼はそう言って,腕組みをしたまま例のあの微笑みをその顔に浮かべる。僕はこくりと小さく頷いた。彼は「外で待ってる」と言い残すと,外へと出て行った。
──僕がその場所で,何をしようとしているのか,知りもせずに。
*
僕が住んでいる近くの海は,決して大きなわけでも,はたまた綺麗なわけでもない。ただそこに存在するだけ。強いて特徴を挙げるとするならば,波面は黒っぽく濁っていて,どんよりしている。
更に海岸沿いには森があるものだから,容易には近付き
当然,あたりを見渡してみても,人がいる様子など全くなかった。
「不思議な場所だね,この海。何だか懐かしいような気もする」
ざわり。
僕はまたも波立った心を抑え込むかのように,胸に手を当て,深呼吸をする。彼はそんな僕の様子に
僕はそんな彼に,
「あの。もう少し向こうも見てきたら。ずっとここにいても,暇でしょう」
と声を掛けた。
彼は一瞬の間を置いてこちらを見ると,「それもそうだね」と言い,ゆっくりと海岸沿いを歩き出した。
僕は彼の背中を見送ると,海に,何処までも続くかのように見えるどす黒い存在に目を向ける。
あの日を最後に,僕の人生は終わったも同然だった。何を見ても,何を食べても何も感じなくなった。笑えなくなり,そしてまた泣けなくなった。
僕はぼんやりと海を眺めたまま,誰にともなく呟きを漏らす。
そして僕は,そのまま一歩,そしてまた一歩,
「今からそっちに行くから。最後ぐらい見守っててよ,──父さん,母さん」
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