怪しい人が出てきた

「【収納】本に物をしまえる、か」


 本を切った後、手に入れた能力の内容を見てみる。うん、やっぱりわからんわこれだけじゃ。名前だけ見ると今一番欲しい内容なんだけど。というかあの襲ってきた本、もしかしてページ毎に魔法とかを仕舞っていたって事か。


「そこら辺の本で試してみたらどうだ?」


 回復したステラが話す。服はボロボロだが元気そうだ。まあ、防犯システムみたいなものを倒したし触っても大丈夫か?


 近くの本棚から分厚い本を取り出す。

 ……なんという本かはわからない。これは何語だ?


「だいぶ古い医学書のようだな」


「わかるのか?」


「雰囲気だけね」


 他の本を取り、ページに押し込む。


「【収納】」


 が、入らない。


「あれー?違うのかこれ」


「力が足りないんじゃないですか?」


 シーニャからのワンポイント脳筋アドバイス。思いっきりねじ込むようにしてみたが意味は無い。


 うーん、やり方が違うのか?本に収納っていうけど、どの本でも良いという訳では無いってこととか……あ、1個思いついた。

 俺は片手を前に出し、本を持つようなポーズをとる。

「ブック」


 すると手にハードカバーの小説程度のB5の本が現れる。


「おお!」


 周りから歓声が上がる中、俺は先ほどの本を1ページ目に押し込む。すると体積を無視し、全てページ内に収まり、見た目、名前、材質、重さ等が書かれた。×1となっているのを見るに、同じ物なら何個でも1ページに入るだろう。ご丁寧に目次も付与される。


 ……いやこれあれじゃん。ハンターの漫画のグリードのやつじゃん。何回もここまでで思ったけどこの世界権利的に平気?神様訴えられない?知らないよ俺。


「便利だなそれ!」


「今一番欲しい能力じゃない!」


「その本売ったらいくらになりますかね?」


 約1名おかしいが確かに望んでいた能力だ。これでダンジョンの周回が捗りまくる。

 それと、まあ調査もこれで終わりで良いだろう。また何かあったら責任持って再調査ということで……あれ?


 不意にガチャリと扉が開く音がした。町内会長さんが心配になって来たのだろうか?そう思いながら振り返ると。


「あれ?僕の家に先客…」


 明治時代の書生を思い出すような真っ黒の外套にハットの男。でも足元は下駄ではなくブーツだ。30代、いや20代か?茶色の髪の毛はやや長く、左目が隠れている。だがそれよりもこの男の一番最初に思いつく特徴、めちゃくちゃうさんくさい。


「あ、ごめんさい。俺達、町内会長の依頼で来ました」


 例の如く話すのは俺の役目。ステラは知っているけど、リリカもめんどくさがって話したがらないし、唯一接客業をやっていてコミュ力があるシーニャはそこまで前に出るタイプではない。俺のコミュ力も無理やり鍛えられそう。


「っかぁぁ……とうとう依頼まで出されちゃったかぁぁぁ……」


 大げさに地面にしゃがみ込み落胆する素振りを見せる。なんだこの人。


「あの、先ほど僕の家とおっしゃいましたが、ここは空き家と会長さんは話しておりました。どういうことです?」


 さすが話せる人が他にもいると楽だな。


「ああ、一応ここは僕の所有している家なんだけど、今は住んでいないのさ。基本はそれで放置していてくれるんだけど、今回は防犯の魔法が誤作動していたみたいでね。僕が解決しに来たんだけど……君達が倒してくれたんだね。ありがとう」


 柔らかい笑顔。だけど油断できない様子は拭えない。


「お駄賃はいくらですか?」


「馬鹿野郎」


 はっはっはと笑う。悪い人には見えないんだけどな。

 書生は俺達4人のことをまじまじと見る。


「君達はまだ駆け出しの冒険者のようだね。それであの魔本を倒すなんて、うんうん、まさに文学!物語!現実は小説より奇なり!」


 なんだ?やべーやつか?手を広げて1人芝居をしているかのように話している。この家の持ち主ってことは本も文学も大好きなんだろうけど。


「ま、これがお駄賃ってことで許してよ」


 俺に向かって巾着を投げ渡す。中を開けてみると家の鍵。


「あ、この鍵って……」


「ここの鍵さ。僕はもうすべて覚えたしね」


「チヒロさん!この本全て売ったらいくらになりますかね!」


「そうじゃねえだろ。でも良いんですか?こんな立派な家」


 たまたま解決したということだけじゃ割に合わない気がする。


「僕はもうここには住まないしね。またこういうことが起きても不便さ」


「あんた名前は?」


 ここまで黙っていたリリカが一歩前に出て話しかける。


「こんな家持っていて、更には魔本の作成もした。只者じゃないわよね?」


「うーん、何者かって言われてもな……僕はただのしがない魔法使いだよ」


 手を広げて肩をすくめる。いちいち大げさな動きは、良く捉えれば裏表が無い。悪く捉えればその行動の裏に何かを隠している。どちらだろうか。


「ん?君のそのブローチ……なるほど」


 言われたリリカはとっさにそれを隠す。


「ま、とりあえず僕はこれでいなくなるよ。またいつか会うかもしれない」


「あの、俺はチヒロって言います。お名前だけでも」


 少し考え、肩に手をかける。


「名前は『ショウブ』。すぐ忘れると思うけど」


 忘れる?どういう事だ?そう思った瞬間。ショウブさんはパァン!と手を叩き、扉の向こうに消えていった。


「なんだったんだ今の人」


 俺は振り返り、3人の方を向く。


「今の人?」


「何の話ですか?」


 ん?


「いやいや、今までここにいた男の人だよ!」


「あんた何言ってんの?」


 なんでだよ。3人は本当に今までここに誰もいなかったかのように話している。俺の方が変な奴みたいじゃん。


「……じゃあこの鍵は?」


「何よそれ」


「ここの鍵じゃないのか?」


「それじゃあ鍵ごと売ったら結構な値打ちになりそうですね」


 だめだ……あの人の能力だろうか。恐らく最後に手を叩いたのがその発動のトリガー……恐らく町内会長もそれのせいでここを空き家だと思っていたんだな。


「とりあえずクエストは終わった。会長に報告しに行こう」


「さっきの本が原因で良いのかい?」


 そうか、それも忘れているのか……はぁ、どこからごまかしながら説明するか。

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