第一話 トレント①ー1
オレは目を覚ますと、森のど真ん中で横になっていた。身体は柔らかい植物に覆われている。やけに自然のベッドが心地よかったのか、深い眠りから起きたかのように体の疲労は微塵もない。辺りには自身の背丈程の高さがある草木が立ち並んでいるため、遠くまで見渡すことが出来なかった。
あくまでオレは見知らぬ森にいた。そのことは即座に把握することが出来た。
そしてオレは状況を把握するために辺りを見渡す。草木に覆われているため見える範囲は限られているが、その狭い視界の中で見たことのない異形の生物が何匹、いや何体も見える。
上を見上げると都会のビル群のように、高々と木々が立ち並んでいる。
だからオレはすぐに理解させられる。
「ここは……異世界なのか」
魔獣やモンスターといったゲームや物語で見ていたような不思議な生物たちが、自身の視界の中にいる違和感を抱く。当然いきなりこの状況に放り込まれればオレも困惑しただろう。しかし事前に無の空間にてゼウスと話したことで、ここが現実なのだと否が応でも実感させられた。
そしてそんな状況だということが分かった今だからこそ、それ以上に重大なことに気がついた。
「普通異世界転生って街からスタートだろ! こんな森の中からって扱い酷くないか」
オレが知っている異世界転生ものの物語も訳が分からずに始まることは多いが、最初は何かしら生活が出来る場所からスタートするのが基本な気がする。
何も力の持たない者は、街の中から、家の中から、そう言った安全圏の中から現状を知っていき成長していく、それがオレの知っている異世界転生物語の主人公だ。
だが今の状況は安全圏とはほど遠い、その為オレが何の力も無ければ、このままゲームオーバーになってしまうことも空想ではなくなるかもしれない。
だからこそ、オレはある可能性に気が付いた。
「つまりこれはゼウスの言っていた特別な力が発動するんじゃないのか?」
――ランダムに魔法が付与されるものとなります。
ゼウスはそう言っていた。そしてこの不可思議な森からスタートという状況。辺りにはオレを襲おうと構えているモンスターが多数いる。しかしオレには武器になりそうなものを持っていない。服装も元の世界のままだ。
つまりここは異世界転生者らしく特別な力に目覚める場面だろう。
オレは目を瞑り手に力を込めるイメージをする。そしてタイミングを見計らい、その力を解放した――――
「はっ!」
オレは目を見開き目の前の大木に向かって掌を向ける。敵をなぎ払うほどの大きな魔法に、辺りのモンスターはもちろん木や岩すらも抉っていく威力を発揮する。
そんな魔法を放つイメージは完璧だった。アニメの中で必殺技を出した主人公のような勢いを見せていた。
「――――」
しかし、勢いとノリだけでは当然何も起こらない。ただ静寂の森の中から、聞いたことのないモンスターの泣き声が返ってきただけだった。
そんな事をしていたオレはふと我に返る。異世界に来たことの期待と不安から高揚していた気持ちが、少し時間が経ったことによって頭が落ち着いてきた。そして落ち着いてきたことで先ほどの行動が恥ずかしくなってきた。
「――――現状を確認するか」
オレは他のモンスターの死角になる木の裏に隠れた後、今オレが置かれている現状を整理することにした。
オレ――ソウトは元の世界ではただの高校生だった。身体能力は極々平凡的な男子高校生だ。
服装はお気に入りだった上下紺色のジャージだ。そしてそのポケットにはスマホと財布、そして――――
「なんでこんな物が入っているんだ?」
オレは見たことのあるロゴの入ったサバイバルナイフを手に取っていた。
スマホと財布は元々オレが使っていた物だ。日常生活で何度も目にした、愛着のある慣れ親しんだ物だ。
しかしロゴこそ知っているが、このナイフに関して言えば見たこともない。
だがスマホや財布、それにジャージを着ていることから、元の世界でのオレがそのままこの場所に飛ばされたことは推測出来る。つまりこのサバイバルナイフもここに来る直前のオレが持っていたと言うことだ。
「でもその記憶が無いんだよな」
オレはここに来る直前の記憶がすっぽり抜けている。記憶が抜けていることは分かるのだが、何があったのかが分からない。
「だけど、他の二つに比べればこのナイフはありがたいな」
包丁ほどの大きさだが、刃を見る限り切れ味は良さそうだ。スマホも電源は入るが、電波がないため当然出来ることは限られる。電話で助けを求めることなど、当然出来ない。
オレは無い物を悔やむより、今の状況を考えれば武器があるだけありがたいと思うことにした。
今の持ち物を確認したオレは次に今の居場所を確認するため、大きな倒木やツタを上手く使って、葉を付けた太い幹の上に立った。そして時間を掛けて5階ほどの高さまで上った。
その為オレは遠くまで一望することが出来た。
「何だ、ちゃんと街があるじゃないか」
オレは自然の広がった辺りを見渡す。四方を今オレがいる高さの大木が生い茂っている。元の世界では自然と触れ合う機会が少なかったため、これほど大きな木々が密集した森というのは初めて見た。
そしてそんな木々に埋め尽くされた視界の先、目測で2、3キロメートル程の距離にレンガで出来た壁に囲まれた異世界らしい街が見えた。
「こんなことなら、やっぱり街からで良かった気もするけどな」
そんな愚痴を垂らしながらも、街を目的地にすると言うことが決まった。街の近くは草原や湖が見えたため、そこまでの辛抱だ。
そんなことを思い地面に降りようとしたところで、後ろから大きな音が聞えた。その音に反応して振り返ると、一つの大木と目が合った。
「――まさか」
それは確かに大きな木だ。他の木々に比べても一回り大きく、大きな幹から張り巡らされている枝が、辺りの空間を埋め尽くしている。
そして大木には顔が合った。幹がはがれた箇所がギザギザの目と口になっていた。そんな大木がバキバキと他の木々をなぎ倒しながら一直線にオレの方に向かってくる。
その大木の枝にあたる部分は、うねうねと伸縮を繰り返している。なにやら大木自身の樹液を纏っているせいで、伸び縮みする動きも相まって触手にしか見えない。
「やばいやばいやばいやばい」
オレはがたがたと歯を振るわせながら、その怪物と反対方向に逃げる。
最初の相手は10メートル級の木のような怪物。武器になる物はサバイバルナイフのみ。未だに特殊な能力には目覚めていない。当然魔法の類も使えない。
そして今オレがいる場所は、相手の顔の高さである地面から10メートルほどの位置にいる。
「いきなりハードモードすぎるだろ!」
オレの異世界生活は、この木の怪物から生き延びることが最初の関門となった。
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