第43話 お礼参り


「まぁ、やれる人間で、やるしかないよ」


 険しい顔をするコウガに対して、ワンは腹を決めるように自らの大鎌を振るう。

 これまでの戦いにおいて、ワンは周囲を巻き込まないように力をセーブしていた。


 もちろん、こういう事態になることを想定いたこともある。


「コウガ、アンタは彼を頼む。だけど、全力で守ってよ」


 だが、それ以上にワン自身の攻撃のほとんどが範囲攻撃ゆえ。

 ワンは大鎌をぐるりと回転させて、臨戦態勢に入る。


 大振りな刃を持って、ワンは一段階ギアを上げた。


 その様子を見て神は感嘆の声を上げる。


「これは驚いた。君にこれだけの力があるとはね」

「こっちも驚いている。だけど、アンタの説明を聞いて改めて思った。人の願いが力に変わるのなら、今この状況は、その力を最大限活かせる」


 ワンは大きく大鎌を振るう。


 当然その攻撃は、刃こそ神にまで到達することはなかった。


 だが、空を切り裂く真空波は、神の体の一部を切り裂いた。

 それどころか、肉体を切り裂いた真空波は、神の背部にあった木々をなぎ倒す。


「すごいねぇ。これだけの力、ここまでとは思わなかった」


 ワンの攻撃はそれまでとは段違いの火力を持っていた。

 しかしながらそれ以上に、神は笑っていた。


 なぜならその攻撃すらもブラフ、即座にワンは、神の腸を捉えている。

 振るわれた大鎌は、神の意識の外側から振るわれた。


 けれども神にはその攻撃は届かない。

 なぜなら、人間の上半身のように変形した球体が、その攻撃を歯で受け止める。


 ワンは受け止められた衝撃とともに、刃へ自らの魔力を流し込む。


 すると大鎌の切っ先は超振動が如き揺れ動き、受け止めた歯をへし折りにかかる。

 当然のようにワンの攻撃は、神の体を覆い尽くす上半身を切り落とし、そのまま大鎌を自らの手元に振り戻す。


「痛いねぇ」


 しかしながら、切り落とされた上半身は、一瞬の間に動きを止めるものの、それはただ時を止めるに過ぎる。

 完全に破壊するためには、本体を叩くしかない。


 その事を理解していたワンは、一切手を緩ませることなく再び大鎌を振るう。


「でも、忘れていないかい?」


 同時に、ワンの体中が突如血を吹き出す。

 傍目から見れば、なんの前触れもなくワンの体が攻撃されたような光景であるが、すぐにその正体に気付かされる。


 それは神から出現した上半身。


 大口を開けているその上半身の回りには、乱気流のように魔力の込められた風が犇めいていた。


「この子たちは、君たちの力を扱える。君は風を扱う魔力に適正があるらしい。まぁ、それでも、簡単なものしか扱えない。けど、君たちを落とすには、この程度でも十分過ぎる」


 ワンを襲ったのは、神より放たれた大量の風の刃。


 厄介なことに、この上半身たちは、転生者すべてを模したもの。

 恐らく、球体から派生したものゆえ、同じ性質を持っているのだろう。


 やはり本体を叩かなければ、ジリ貧でこちらが確実に敗北する。

 それを悟ったワンは、大きく距離を取る。神はその調子を甘んじて受け入れた。


「コウガ、でかいのをかます。しっかり守っててくれよ」

「おい、お前一体、なにを……」

「言葉の通り。一番のやつを打つから」


 再び大鎌をぐるりと回す。

 そして、屈むような姿勢で全魔力を集中させる。これだけの力が放たれれば、確かに周辺が風によって切り刻まれるだろう。


 それを意識して、コウガは自身とシロウを包み込む最低限のバリアを展開する。

 できるだけ最小のバリアにすることで、強度を極限にまで高める。


 それであったとしても、攻撃を防ぐことはできないかもしれない。


 それほどの火力を彷彿とさせる攻撃。


 大鎌に収束させた魔力を一瞬にして爆ぜさせる。

 振るわれた攻撃は、周囲を凄まじい風が吹き荒れ、そのすべてに風の斬撃が降り注ぐ。


 攻撃力もさることながら、その攻撃範囲も絶大である。

 これまで受けたあらゆる攻撃のなかでも別格の火力を叩き出した。



「これだけの攻撃を、やるとはねぇ」


 大量の攻撃に対して、神は口角を上げる。

 同時に、無数の風の刃に対して、同じように風の乱立を引き起こした。


 それでも強烈な攻撃を相殺し切る事はできない。


 いくら神であったとしても、これだけの攻撃を受ければ相応にダメージを受ける。

 だからこそ、ダメージを覚悟の上で、攻撃を相殺しにかかった。


 もちろん、攻撃を回避する手段がない。


 間違いなくそれは事実ながら、神は自ら攻撃を噛み締めた。


 好奇心。


 これだけの攻撃。どれほどの破壊力があるのか、身を持って体感したみたい。

 神の潔い姿勢が、安易に攻撃を受け入れる。



「凄まじい。これだけの火力を、人間が……」


 神の肉体は、大量の血液を流して笑い声を上げる。

 肉塊になっていない時点でおかしくないほどの風の斬撃。


 それを受けきったのは、ワンの攻撃を模倣した風の魔法で斬撃を打ち消したゆえ。

 それがなければ原型を留めないほどだった。


 しかしながら、攻撃を受け止めた時点で、ワンらは形勢を逆転される。


「ワン……、無事か?」

「無事では、ない、かな」


 ワンはまるでやせ細り地に伏している。

 大量の魔力を消費して放たれた攻撃。


 およそ身体に凄まじい衝撃をかけることになったこの一撃。


 ワンを一時的に戦闘に参加できない状態になるほどだった。


 シロウに続いてワンすらも、一時的に戦闘不明になってしまったこの状況。

 最悪の状況でも、コウガはいまだ防御魔法を解くことはしなかった。


「状況は、最悪か」


 コウガの防御魔法は、極めて防御性能が高い。


 その代償として、使用中のあらゆる魔力を使用する行動を禁止し、かつ三箇所以上の展開はできない。

 加えて、この防御魔法は常に詠唱が必要になる。常に詠唱をしていたとしても、防御魔法を大きく上回る攻撃を受ければ、再展開をするまでに大幅に時間を要する。


 これほどまでに大きなデメリットがあってなお、コウガがそれを選択したのは、シロウとワンをできるだけ長く、生かすため。


 同時に最悪な状況へと理解させたのは、神の異様な変形だった。


「魔力は、君たち人間の力。僕は使えないけれど、僕には独自の力がある」


 その言葉通りに、神の肉体は凄まじい勢いで再生していく。

 それは文字通り人間の再生能力ではなかった。


 新しい肉体を創造していくがごとく、けたたましい音を立てて再生していく。


「まさか、ここまで全部おじゃんにされるとはな」

「そうだねぇ。君たちの努力、どうやら思った以上に無駄だったみたいだ」


 神はものの数十秒で肉体を再生させる。

 肉塊が軋むような歪な音を浴びながら、けらけらと微笑むと同時に、体中から出現した上半身が口を開ける。


「君たちの力、なかなか素晴らしいものだった。だけど、所詮は人間。神(ぼく)の力には、通じなかったみたいだ」


 シロウ、ワン、それぞれの肉体がずたずたになっていた。動くこともままならない状況。

 かたや神は完全に肉体を再生している神。


 この状況を見て、コウガは防御魔法を解除する。


「……どういうつもり?」

「そんな余裕ぶってる暇あるなら、とっとと攻撃しないのか?」

「君たちの全力を知りたいんでね」

「防御魔法は、使っていればそれ以外の魔法は使えない。もちろん、アンタを攻撃する魔法もあるが、当然それが通じる相手だなんて思っちゃいない。だから、できることは一つだけ。一瞬で、二人を治療する」


 その瞬間、コウガは床に体を斃す。

 この光景を見て神は混乱した。確かに魔力による回復魔法は存在する。


 しかしながら、魔法で味方を完治させるには最低でも数分の時間を要するだろう。


 当然説明をしている時間を鑑みても、シロウとワンをすぐに戦闘ができるまでに戻すことはできない。

 自身が一番理解しているからこそ、神は混乱していた。


 混迷を呈している神に対して、コウガは体を抑えながら嘲笑う。


「治療じゃない。相手の痛みを、引き受ける魔法さ」


 コウガがうめき声を上げるのと同時に、シロウとワンは体を起こす。

 筋断裂に覆われていた二人の体は、すっかり元通りになると同時に、コウガは体をピクピクと動かしている。


「コウガ!?」

「アンタ、こんな事を……」


 狼狽した二人に対して、コウガは冷静に「必ず勝て」というエールを沈黙のまま送っていた。

 そんなコウガに対して、神は話を聞き終えて攻撃を振るう。

 全員が攻撃を止める間もなく振り下ろされた攻撃。


 神の攻撃が振るわれると同時に、その神は何かによって身を貫かれる。


 それは、クレセントによって片腕を失い、自らの神器を突き立てる、サヴォナローラだった。



「お礼参りだ。クソ野郎」


 サヴォナローラは確かに、クレセントに片腕を落とされていた。


 しかしながらその腕は、異形の存在となって再生を果たしている。


 その形に、シロウは強く反応した。


 なぜなら、その形は最初に下したアベルの神器と同じ模様が浮かんでいたからだ。


「やはり、生きていたんだねぇ」

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