Ⅳ
クタヴェート家に来る仕立て屋は、小太りの男性と細身の女性の夫婦だ。二人とも明るく快活な性格で、妻のサラはエレナが幼い頃から彼女の採寸を行っている。
「お久しぶりですエレナお嬢様」
「ええ、久しぶりねサラ。以前伝えたとおり、旦那様に会うための夏服をお願いします」
「はい、お任せください!」
エレナの顔は同年代と比べて少しだけ童顔だ。まろい顔と大きな目、そしてダークブラウンの髪色には桃色や黄色がよく似合う。一度水色の物も作ったことがあったが、スレイドに似合わないと笑われてしまったらしい。
採寸をしながら今回の服装について二人は話し始めた。
「今回は何色をベースにしましょう? 夏でしたら桃色より黄色のほうが快活さが出ると思われますが……」
「それなのだけど……緑もいいかしらと思うの」
「! 珍しいですね、なぜ?」
「青系は似合わないってお兄様に言われてしまったでしょう? でも夏だし、涼し気な印象の服がほしいのよ」
「なるほど、畏まりました。でしたら肩から袖までとスカートの足元は薄い素材のレースを使用して……刺繍は明るい青緑で蔦をイメージして……」
サラはエレナの母親くらいの年齢だが、こうして頭の中で服の造りを練っている彼女はまるで少女のようで、エレナは微笑ましくなるし、嬉しくもなる。今回も可愛らしい服ができそうだ。
やがて採寸が終わり、ジェシーがエレナの服を着せている最中、サラは隣の部屋でドレスの案を練る。やがて着替えが終わりサラのところへ行くと、彼女は待ってましたと言うような笑顔でエレナにスケッチを見せた。
「あと2年で成年ということで、少しだけ大胆に、胸元を開ける作りにしようかと思います。スカートの部分はふんわりとさせますので、動きにくいということはないでしょう。何かご意見はございますか?」
「いつも言っているでしょう、私より貴女の意見のほうがプロなんだから、デザインはすべて託します。ありがとうサラ。いつ頃できるかしら」
「この時期は他の服も立て込んでいますが、10日ほどいただければ」
「シエラヴェールに行くには十分間に合うわね。よろしくお願いします」
「はい! ではまた10日後にお伺いしますね」
サラはクタヴェートが用意した馬車で帰っていった。そういえば、以前と比べて体格がどうなっているか聞きそびれたと思いながらエレナは見下ろす形で自分を見る。もちろんドレスを着たままではよくわからないし、自分では体格がどうなったかなど比べられないが。
「…………」
自分で見て思うことには、とにかく貧相だ。女として。ドレスを着るときはウエストを締めて女性らしさを出してはいるものの、脱げば童顔なのもあって子供。結婚の目的が目的であるため婚約者は恐らく気にしないだろうが、それはそれとしてがっかりするのではなかろうか……自分も婚約者のことは男である以上に理解ある友人のように感じているが、結婚するとのときのことを思うと溜息が出てくる。
「お嬢様? どうかいたしましたか?」
「あぁ……ううん、なんでもないわジェシー」
ふと時計を見れば四時になっていた。今日はこれから魔法の練習であるため、ジェシーはエレナを呼びに来たのだろう。二人は練習用に使っている地下室へと足を運んだ。
十日後──
「お待たせしましたエレナお嬢様! 新しいドレスの完成でございます!」
サラが持ってきたドレスは、彼女が提案したとおり明るい黄緑と深めの緑がベースとなるものだった。普段は襟が締まったものを作るが、今回は大胆に胸元が開き、大人らしさがある。袖にと足首のあたりはは薄いレースの布地が使われ、手をかざすと肌が透けるようになっていた。スカートと袖の部分には、ラメ生地で刺繍が入っている。
「かわいい……!」
「ささ、早速着てみてくださいな。もしもサイズが合わなければ急いで直しますので」
エレナは笑顔で頷き、メイドたちによって着替えを施される。ついでにいつも降ろしているだけの髪は編み込みのハーフアップに結上げられた。
「お待たせしましたサラ。どうかしら?」
「! 大変お似合いです!」
「よかった。……そういえば聞き忘れていたのでけど……」
エレナはサラに寄って、体格はどうだったのかと耳打ちをした。別にいつも一緒にいるメイドたちしかここにはいないためコソコソと話をする必要はないのだが、年頃の少女なのだ。こういう話は恥ずかしくもなる。
サラは耳打ちで返答した。少しだけエレナの頬が赤く染まる。結果は、少しウエストが締まり、胸は大きくなっている、とのことだ。
「あ、ありがとうサラ。……だから胸元がこうなっているのね」
「ええ、これで婚約者様もイチコロです」
「元素仲はいいのよ!?」
女として落とせているかどうかは、とにかくとして。
王都、聖堂教会──……。
聖堂教会は、国が定めた神を崇拝し、祈りを捧げるために存在する場所である。この国で信じられているのは唯一にして全知全能の神マウラ。この世界を作ったと言われている神で、エルカディアだけでなくこの周辺では多くの国がその神を唯一神として信じている。少なくとも隣接国はそうで、宗教関係での争いがないのも戦争が起こらない理由の一つだ。
聖堂教会は国内に大小様々ながら多くあり、運営するのは国である。そしてそこには牧師と修道士、修道女がおり、人々の祈りを受け入れたり、神の仰ったと伝えられている言葉を伝えたり──悪魔祓いをしたりする。牧師やその修道士や修道女は、昔神の声を聞いた人々の子孫が務めていて、普通の人々はとにかく、その人たちは信心深く、治らない病などは神のご意向だと信じている。もっとも、神の声を聞いたのが本当かどうかは今では誰もわからないのだが。
「神はあなたの罪をお許しになります」
「……」
「ですので、なさったことを素直に仰ってください」
「…………本当に、心当たりがないのです。私が、神マウラの教えに背くようなことをしたなど……」
「しかし、でしたらなぜこのようなことが起こるのでしょうか──ルゼルト・シエラヴェール様」
そんなの、こっちが知りたい──優しい笑みを浮かべながらも圧をかけてくる修道女に心の中で毒づきながら、ルゼルトは困っている顔をした。実際、困っているのだ。
ミルクはすべての命の源だと考えられている。それが飲めないとはどういうことだと、教会の人々や信心深い人は訝しむ。ルゼルトは神の怒りに触れた覚えはないが、そうでなければどうして皆が飲めるものを、そしてマウラが好んだと言い伝えられるものを自分が飲めないのか、さっぱり原因がわからない。
「……とにかく私には覚えがありません」
「……そうですか。……如何思われますか牧師様」
牧師は短く生えた髭を擦りつつ、丸眼鏡の奥からルゼルトを見つめた。少ししたあと、ふむ、と口を開く。
「やはり悪魔憑きには見えませぬなぁ」
「でしたら何故? 一般の民ならば神の御加護を受けず、丈夫な体を手に入れないこともありましょう。事実、同じようにミルクを口にすると体調が悪くなると報告にいらっしゃる方もいるようですから……しかし彼は別。大賢者家は……シエラヴェール家は由緒正しき神聖なる一族。御加護がないのなら何らかの罪を、そうでないのなら悪魔が……」
「アナスタシア、程々にしなさい」
牧師が窘め、アナスタシアという修道女は口を噤んだ。しかし、ルゼルトには隠し事があると思っている顔をしている。
「シエラヴェール様、長らく申し訳ございません。お帰りになられて問題ありません」
「……では」
ルゼルトは高貴な色とされる紫色のマントを翻し、シエラヴェールの城へと戻っていった。
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