【完結】異世界腐女子、恋をする

文月らんげつ

 ──やはり、貴族だけでなく平民にも教養を与えるべきだ。特に、文字の読解能力については。

 そんなことを思いながら彼女、エレナはうっとりした顔でページを捲った。

 耽美な世界、表情の表現、その全てが彼女の心を魅了する。世界に引き込まれていく。ドキドキして、ソワソワして、もうその世界から目を離せなくなる。それほどまでに彼女にとって素晴らしいものなのだ──男性同士の恋愛というのは。


 エレナ・クタヴェートは男性同士の恋愛が大好きな15歳の少女だ。今日も彼女はダークブラウンの編み込んだ髪を揺らして、オレンジ色の瞳を細ませて、その世界に耽っている。最高!と叫びそうなのを必死に堪えるものの、その口元はゆるゆるになっていた。

 男性同士の恋というのは、世間的に認知されていて、それがタブーな恋愛だと言われ迫害されたりすることは、この国ではあまりない。ただ、全員が全員そうではないし、特に辺境の地ではまだ嫌な目で見て大反対をする人も多いようだが。とはいえ、それを題材として取り扱った本が出回るくらいにはそれを趣味趣向として好む人も多いのだ。もっとも、このエルカディア王国で、同性結婚はまだ認められていないのだが。

「また読書ですか?」

 星空のような声が降ってきた。視線を上げると、紺碧の髪に青い右目、左目に眼帯をした男性が、椅子に座って本を読む彼女を薄く笑いながら見下ろしている。後ろにはメイドが控え、お茶とお茶菓子の準備をしていた。

「あら旦那様。お勤めご苦労さまです」

「どうも。本日はあまりやることもありませんでしたが」

「それはよろしゅうございました。最近お忙しかったと聞いていましたもの」

 彼の名はルゼルト・シエラヴェール。エレナの婚約者だ。


 エレナとルゼルトは、2年後のエレナの誕生日に結婚することになっている。この国で成人とされるのは17歳で、結婚できるのもその年齢と決まっているのだ。二人は政略結婚だが、今のところ仲はいい。それもこれも、ルゼルトがエレナの同性恋愛趣味を否定しないおかげだ。一方エレナはというと、ルゼルトにはこれといった趣味もないし、優秀だし、顔もいいため文句を言うことはない。二人は今日のように定期的に二人で過ごしているが、今のところ不満な点はないのが現状だ。夫婦になる二人というよりは、友達のような感覚ではあったが。


 エルカディア王国には、大きな魔法使いの家が2つある。この世界において魔法が使えるというのは珍しい話ではなく、一般人でも魔法くらいは使えるし、それで生計を立てる家も多い。その中でも有名なのが、エレナの生まれたクタヴェート家と、ルゼルトの生まれたシエラヴェール家だ。

 クタヴェート家は、国の所有する騎士団に仕える魔法使いの一門だ。主な役割は占星による吉凶の予測、怪我の治癒。現在この国は戦争をしておらず、国内も至って平穏なため、騎士団もあまりやることがなく、連動してクタヴェート家も平和なものだ。騎士団の本拠地で暮らすエレナの兄であるスレイドも、暇だという手紙を送ってきたりしていた。

 シエラヴェール家は、国王に仕える魔法使いの一門であり、王の相談役──世間一般に言われる、代々大賢者を引き継ぐ家だ。魔法使いとして働く家の中では最大の権力を持っていて、正直、二番目に魔法使いとしての権力を持つクタヴェート家など足元にも及ばない。何しろ、国王の次に権力を持つ存在なのだ。現大賢者はヤーフェ・シエラヴェール。ルゼルトの祖父で、すでに両親が死去しているルゼルトが次期大賢者となる。


「今日は何についてお話をしていたのですか?」

 本に栞を挟み、テーブルの上において、メイドが用意したケーキスタンドのマカロンをつまみながらエレナが尋ねる。メイドが二人に紅茶を差し出すのと同時にルゼルトは答えた。

「同盟国のマカレニータ王国の北西部……ニアリカという土地の独立についてです」

「ニアリカ……あぁ、鉱山を持つ土地ですわね」

「そう。マカレニータの国王は反対していて、その反対勢力としてこちらに参加してほしいとのことでした。ニアリカが独立してしまえば、宝石などで国を潤しているマカレニータの経済は一気に落ち込みますからね」

「そもそもニアリカは何故独立を?」

「鉱山での採掘を生業とする人々は、国から多額の援助を受けているらしいですが、やっぱり宝石を自分たちで加工して売ったほうが、王に受ける援助よりも金になるそうです」

「あら……マカレニータからニアリカが独立すれば、この国にも宝石が入ってきにくくなりそうですわね」

「その通りです。なので会議でも反対勢力に加わることが決まりました。あっさりとね」

 ふ、と笑って彼は紅茶を飲んだ。エレナが甘いのが好きで砂糖をティースプーン一杯分のシュガーを入れるのに対し、ルゼルトはいつもストレートティーだ。ミルクティーを提案したこともあるが、ミルクを飲むと腹を壊しやすいため控えているらしい。ちなみにカスタードやクリームソース、チーズなどの乳成分が多いものも基本だめなそうだ。


「……今日も同性愛の本ですか?」

 テーブルに置かれた本を見ながらルゼルトが尋ねる。エレナは笑みを浮かべて肯定した。

「旦那様はいつ愛する男性の愛人を作るのでしょう……」

「何でいつかは作るような言い方なんですか? というか夫が男性の愛人を迎えて貴女はいいんですかそれで」

「何も問題ありませんわ。むしろ興奮いたします。もちろん邪魔はいたしません、私は壁のように旦那さまと男性の愛人を見守りますので」

「せめて目を背けてくださいよ」

 彼は苦笑してうっとりしている彼女を眺めた。彼に愛人を迎えるつもりは今のところない。王や貴族が愛人を作ることは珍しいことではないが、せめて男児が彼女との間に生まれ、魔法の才能が高いことを認めるまでは他に女を作らないと決めている。二人の結婚はそもそも、クタヴェートよりも地位の高いシエラヴェールが言い出したことだからだ。

 クタヴェート家は、男児は優秀だが女児はそうでもないことが多い。エレナも例に漏れず、彼女の魔力量は魔法が使える一般人より少し多い程度で、優秀な魔法使いの女性など他にもいる。ではどうして彼女が結婚相手に選ばれたのかというと、クタヴェートの女性は胎盤として非常に優秀なのだ。クタヴェートの女性から生まれた魔法使いは、いずれも高い能力を誇る。そのため、貴族から結婚を申し込まれることは多く、エレナの叔母は王家の親類に嫁いだくらいだ。王家の身内に優秀な魔法使いがいては大賢者の立場がなくなるため、地位を確立するためにルゼルトの妻にエレナが選ばれた。エレナが生まれた当時、ルゼルトが2歳のときに決まった話で、だからこそルゼルトは優秀な子が生まれるまでエレナ以外に現を抜かすわけにも行かないのだ。……まぁエレナも本気で男性の愛人がどうのこうのと言ってる訳ではないだろうが……多分……。

 などとルゼルトが思っている横で、彼女は美味しそうにお茶菓子に手を伸ばしている。大人びて見える彼女だが、こういう姿はまだ子供だ。

「! 旦那様、このクッキー美味しいですわ!」

「おや、本当ですか」

 言いながらルゼルトも手を伸ばす。二人は優雅なティータイムを過ごした。

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