前へ進むために

私が元気になったらブラジルに行ってしまうと言った誠君。

それでも、その時はすぐには来なかった。


「まだもう少し旅費と生活費を貯めないといけないし、ヒロのこともまだ見守っていたいからね」


そう言って、猶予を作ってくれた。

その間に私は少しずつでも自分を取り戻したくて、絵を描くことを始めていた。

色鉛筆から始めて、水彩画、油絵。

漫画のようなイラストは、猫と人を混ぜたようなキャラクターで、顔は優子に似ている。

高校生の頃に、猫好きな優子のために作ったキャラクターでセル画にしてあげたものを思い出しながら描いた。


「これ、楽しそうでいいじゃん?ちょい優子に似てる気がする」

「そう…ゆうこ」

「猫好きだったもんな、アイツは」


いまだに誠君の口から優子の名前が出ると、ぎゅっと胸が掴まれるようだった。

お互いに嫌いになって別れたわけじゃないのだから、またいつか元に戻ることもあるのだろうか?


_____聞いてみたい…


「あ、そうそう!これ頼まれていた油絵具とキャンバスね。何を描くの?」

「公園の、海」

「あ、公園からの景色か、いいね、出来上がったら見せてよ」

「ん…」

「それからさぁ、ヒロ、こういうものも描いてみないか?」


誠君が持って来たA4の封筒から出したのは、どこかのお店のチラシだった。

葡萄やオレンジ、子どもが遊ぶ絵、ご飯を作るエプロンをしたお母さん…。

どこかで見たことがある気がする。


「な…に?」

「これさぁ、そこにあるスーパーのポップチラシ。値段を描いたり美味しさをアピールしたりして商品の魅力を伝えるもの。昨日、剛士たけしがやってきてさ、こういうの描ける人を探してるんだけど、ヒロ、どうかな?って」

「わた…し…?」

「うん、試しに何か描いてみないか?そして描いたものを持ってお店に行ってみようよ」


私はカラフルなそのチラシを見た。


_____このオレンジは色が強すぎるし、葡萄には艶がない、あ、このお母さんは表情が固いかも?


自分だったらこう描く、というものが湧き上がってきた。


「描い…て、みる」

「よし、じゃあ好きなように描いてみて。もしも採用されたら、ちょっとした仕事になると思うよ」


_____仕事?また自分を必要とされることがあるのかな?


まったく新しい人たちの中に入っていくのは、正直言ってまだ怖い。

でも、誠君だっていつまでもここにいてくれるわけじゃないから、ちょっとずつでも強くならないといけない。


不安が6、楽しみが4。


_____でもやってみよう、私も前へ進まなければ



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