廃校

誠君と再会してから私はだんだんと元気になってきたと思っていたけど。


◇◇◇



ある日、誠君と散歩をしている時に車が通りかかって2人の横で停まった。


「よぉ!誠!あ、浩美も一緒か。なんだ、2人して散歩か?」

「なんだ、剛士たけしかよ。いま仕事中か?」

「そうだよ、あちこちの学校に頼まれてたものを配達中!あ、そうだ、あの話聞いてる?」

「なんの?俺、あんまり情報が入らないんだよね」

「俺らの母校、廃校になるらしいぞ」

「母校ってどれだよお前とは小学校から同じなんだぞ?」

「あ、そっか、高校だよ、あれだよあれ」


剛士たけし”と誠君が呼んだのは溝口みぞぐち君。

その溝口君が指差す先にあったのは、私たちが揃って卒業した高校だった。


「うそ!生徒だって結構多かったぞ、なんで?」

「なんだか、地震がきたら危ない土地なんだと、あそこは。で、もう一つの高校も統廃合するらしいぞ。この数年のうちに」


_____高校がなくなってしまう…


「…うっ、ひっ…」


私は言葉が出ず、ただ涙が溢れた。


「おいおい、大丈夫か?浩美」


私はたまらずその場にしゃがみ込んでしまう。


「浩美?」


誠君はまたいつものように、私の頭を撫でる、そっとそっと繰り返し。


「ごめん、俺、なんか悪いことしたかな?ごめんな、浩美…」


溝口君がしきりに謝ってくれるけど。


「……」

「大丈夫だよ、ちょっとした情緒不安定ってとこだから」

「そっか!じゃ、俺、行くわ。次のクラス会も俺が幹事やるからよろしく!」


ププッとクラクションを鳴らして、会社名の入った白い軽バンが走り去った。

座り込んだ私の横に、誠君もしゃがんだ。


「ごめ…ん」

「なにが?」

「み、みぞぐち、くん…ごめん」

「あー、気にするなって。ちょっとびっくりしてたけど、アイツはいいヤツだからすぐに馴染むよ」


_____すぐに馴染む



今の私に馴染んでもらうということなんだ。

それくらい、昔の私と変わってしまったということか…。

それにしても、学校がなくなってしまうなんて考えてもみなかった。

誠君と再会してからは特に、あの頃の思い出が私の拠り所になっていたのに。


「これも時代の流れかな?」


ポツリと誠君が言った。

私だけが、その時代の流れに取り残されてるような気がして、心の奥の方に焦りにも似た感情が湧いてきた。



「明日、仕事が終わったら迎えに行くからさ、あそこ、行ってみないか?ほら、校舎の裏山の公園」

「あー、ん…」



次の日。

約束どおり、誠君はやってきた。

私の家から2人で歩いて行く。

誠君はいつもみたいに、手をつないでくれた。


あの頃も、たまに誠君は手をつないでくれたけど、優子とは手をつないだところを見たことがなかったな、どうしてなんだろう。

そんなことを思い出す。

昔とほとんど変わらない公園までの道のり、最後の坂道をなんとか登りきって公園に着いた。


「うわぁ…」


すぐ下には校舎があって、その向こうには彼方に水平線が見えた。


「こんなふうに海が見えていたっけ?あの頃は景色をちゃんと見てなかったのかもな」

「ん…」


高校生のころ、特に3年生になってからは、よく誠君と優子と私の3人でこの公園にやってきた。

ブランコと、滑り台と、小さな展望台があるだけの公園だ。


就職組だった誠君と優子は、夏休みが終わったらすぐに就職先が決まったし、私は専門学校だったから大した試験もなく、残りの半年足らずをよく公園で過ごした。

オヤツを食べたり、漫画を読んだり、おしゃべりしたり。


「鬼ごっこ…」

「あー、やったね!鬼はいつも俺で、逃げるのはいつもヒロだけ。優子はめんどくさいって動かなかったな」

「ん…」


トントンと誠君の背中を押して、私はすっと、下がった。


「鬼ごっこ?やるのか?」

「ん!」

「よーし、じゃあ10数えるからその間に離れろ?すぐ捕まえるからな」

「きゃー」


誠君に背中を向けて、走り出した。


_____走れる!私、また走れるようになってる!


しっかりと地面を蹴って、走ることができた。


「きゅー、じゅー、行くぞ!」

「こっち…」


誠君が追いかけてくる。

私はドキドキしながら逃げた。

ずっと空っぽだった心があったかいもので埋められていくような感覚がする。


ブランコのところで、すぐに捕まってしまった。


「はぁ、はぁ…ダメ、苦しい…」


私の腕を掴んだ誠君に、そのまま引き寄せられて抱きしめられた。


「よかった、少しずつ、もとのヒロになってる…」


耳のそばで誠君の優しい声がする。

私は誠君の背中にそっと腕をまわした。


「ヒロが、もっと元気になったら、そしたら俺はブラジルに行くことにするね」

「え?」

「あの画家から、ブラジルに来てもいいって手紙が届いたんだ。だから、そのうち行くよ、俺の夢だからね」


わかっていた。

そのために仕事を辞めて帰ってきたと言っていたから。

わかっていたけど…苦しくなった…




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