第243話 もう止められないんだ

「俺はまだ死にたくないぞ」


 セラビミアが勢いよく振り返った。


 目を見開き、動きを止めている。


 初めて、この女を驚かせることができたかもしれない。


「どっち?」


「どっちだと思う?」


 嗤ってやると、セラビミアは歓喜の笑みを浮かべた。


 たった一言で正体を見切ったらしい。


 こいつの直感だけは、素晴らしいと褒めても良いだろう。


「私のジラール男爵だっ!」


 走ってきたのでヴァンパイア・ソードの切っ先を向けた。


 抱き付かれたくはないからな。


「動かなくなったから相打ちになったのかと思ったよ。心配したんだよ?」


「この通り、戻ってきた。安心しろ」


 勝手に早とちりしやがって。


 俺が本物のジャックに負けるはずがないだろ。


 ゲームの設定通り怠惰で自分勝手な男で、勝って当然の相手だったのだから。


「さっさと空中都市を元の位置に戻せ」


「ああ、そのことか……」


 珍しくセラビミアが言いにくそうにしている。


 人差し指で頬をかいており、眉を下げながら困ったように笑っていた。


 嫌な予感しかない。


 背筋がぞわっとする。


 立ちくらみでもしたのか、目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。


「もしかして、お前……」


「うん。ジラール男爵が予想したとおり。もう止められないんだ」


 思わずヴァンパイア・ソードを手から離してしまった。


 床に突き刺さる。


 粗雑に扱うなと抗議しているのか、手の甲に痛みを感じ、そのおかげで現実逃避せずに済んだ。


「どうやってもか?」


「うん」


 笑顔で肯定することじゃないだろッ!


 責任を取って何とかしろよ!


 せっかくジャックを消滅させたのに、死んでしまうわけにはいかないのだ。


「予想できる被害は?」


「空中都市は結構大きいからね。リーム公爵領の半分は何らかのダメージを受けると思うよ」


 そこまでリーム公爵領が破壊されるのであれば、しばらくは空中都市の調査はできないだろ。


 俺たちが犯人だとはわからないはず。


 であれば、逃げる一択だな。


「衝突までの時間は?」


「うーん。二時間ぐらいかな? わからないや」


 自分の命がかかっているのに、セラビミアは適当なことばかり言う。


 話していても、これ以上の情報は手に入らないだろう。


 ヴァンパイア・ソードの柄を握ると鞘にしまい、走り出す。


 階段をおりて細い通路を進み、外に出た。


「間に合うかな?」


 後ろにピタリとついているセラビミアが楽しそうに言った。


 危機的状況を楽しめる神経が羨ましい。


 間に合うと信じて、先に行くしかないのだ。


「俺は死ねない。それが答えだ」


「いいね。そういうとろ、主人公っぽいよ」


「ぐだぐだ言ってないで、死ぬ気で走れ!」


 余計な体力を消費しないよう、これ以上は何も言わないことにした。


 魔力で身体能力を強化して走り続ける。


 はぁはぁと、自分の息づかいしか聞こえない。


 住宅街を通り抜けてビルっぽい建物が並ぶエリアまで戻ってきた。


 門を出て、山を登ればゲートに辿り着けると思ったのだが、地面が揺れて立ち止まってしまう。


 揺れは収まるどころか強くなる一方で、さらに傾き始めた。


「落下の確度を調整しているね」


 ということは、もうすぐ落下するじゃないか!


 俺の力じゃどんなに頑張っても十分以上はかかる。


 それじゃ間に合わない。


「ジラール男爵。ピンチだね」


 クソッタレ! 本当に楽しそうに言いやがってッ!


 しかも自分の首を指さし、私を解放して使ってよとアピールしている。


「首輪は取らないぞ」


「私と一緒に死んでくれるの?」


 だから、なんでウキウキしているんだよッ!


 死ぬことに恐怖を一切感じてない。


 改めて実感したのだが、セラビミアは頭のネジが数本抜けているような考えをしている。


 常人じゃ、ついていくことは出来ない。


 もちろん俺だってそうだ……と思う。


「断る。俺は絶対に生きて帰るんだ」


 話す時間も惜しいので、再び魔力で身体能力を強化して、全力で走る。


 しばらくして傾きが止まった。


 落下位置の調整が終わったのだと嫌でも分かってしまう。


 今は門を出たところなので、後は山を登っていけば良いのだが。


 エスカレーターみたいな階段を使ったとしても時間が足りない。


 ついに落下が始まった。


 ゆっくりとだが雲に突入した。


 周囲は霧に包まれたように真っ白だ。


「ねぇ」


 セラビミアに抱きつかれた。


 控えめな二つの山が背中に当たり、俺の耳にセラビミアの唇が軽く触れる。


「首輪、外してくれないかな? 絶対に助けてあげるからさ」


 まさに悪魔のささやきだな。


 相手が断れない状況にしてから、提案してくるなんて。


「対価に何を求める?」


「月に一回、二人で会える時間を作って欲しいな」


「何が狙いだ?」


「問答している時間はないよ」


 空中都市は雲を突き抜けたようで、視界が戻った。


 確かにセラビミアが言うとおり話している余裕はない。


 明日の心配より、今を生き残ることを選ぶしかない、か。


 腕を伸ばしてセラビミアに付けた魔力封印の首輪に触れる。


 鍵を使って解除した。


「必ず間に合わせるるからっ!」


 宣言すると、セラビミアは俺の膝の裏と背中に手を回した。


 お姫様抱っこってヤツだな。


 ものすごい勢いで登っていく。


 一分も経たずに山頂にまでたどり着いてしまった。

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