第223話 勝手に進みやがって

 このまま殺そうと思ったのだが、空中都市の知識はセラビミアしか持っていない。


 利用価値は残っているので、今はまだ生かすことにしよう。


 手から力を抜いてセラビミアを解放すると、地面に落ちた。


「ガハッ、ガハッ」


 咳き込みながら新鮮な空気を必死に集めている。


 置いていこうかと思ったが、何をするか分からないので呼吸が整うのを待つ。


 しばらくしてセラビミアは、手でよだれを拭い、顔を上げた。


「待っててくれたの?」


「一人にしたら、また俺を罠にハメようとするからな」


 生かすことを選んでくれてありがとう、なんて顔をしやがって。


「さっさと立って、制御センターを案内しろ」


「いいよ。ジラール男爵をご案内いたします~」


 少しかれた声で返事をしたセラビミアは、立ち上がると、制御センターのドアの前に立った。


 表面はツルリとした金属製で、やや金色。


 普通の鉄ではなさそうだ。


 鍵穴は見当たらず、どうやって開けるか見当すら付かない。


「これもジラール家の血筋が近づくと開く仕組みか?」


 地上ではいくつか同様の仕組みがあった。


 ここも同じかと思って聞いてみたのだ。


「ううん。ここは違うよ」


 セラビミアはドアの隣の壁を軽く叩くと、10個のボタンが出てきた。


 それぞれに0~9までの数字が書かれている。


「初代ジラール男爵は地上と空中都市をつなぐ管理者でしかなく、ここの支配者は別にいたんだよね」


 ボタンを押しながらセラビミアは話を続ける。


「空中都市は誰が支配していたんだ?」


「勇者の血筋」


「ッ!!」


 獣人、エルフ、ドワーフなど人をベースにした種族から、アラクネのように魔物が混じった者まで、様々な生き物がいる世界において、頂点に立つのが勇者だ。


 勇者の血筋を引いていれば必ず超人的な能力が手に入るわけではなく、子孫の一人にだけ、セラビミアのような強さを持つと言われている。


 過去には勇者が二人いたという記録もあるが、百年以上も前なので真偽は不明だ。


 また血の濃さは関係ないので、遠い祖先を勇者にもつ平民が、突如として力を受け継ぐというパターンもあったようだ。


 だからレックスは勇者である可能性を、誰も否定できなかった。


 セラビミアと直接対決したことで、変な能力を持っただけの偽物だとわかったがな。


「ということで、ここから先は、私がいないと先に進めないようになっているんだよ」


「先に言えよ!」


 俺が殺していた可能性もあったんだぞ。


「裏設定を知らないまま、純粋な気持ちで判断して欲しかったからね」


 そのわりには、ちょっかいを出してくる頻度は高いな、とまでは言わなかった。


 黙って操作を見続けるとドアはすぐに開いた。


 俺をチラッと見てから、セラビミアは一人で入っていく。


「付いてこいと言いたいのか」


 室内にも防衛機能があったら、逃げ切れずに死ぬぞ。


 俺が助けてくれる、助けてくれなければ死んでもいい、なんて思っているんじゃないだろうな。


 なんで、恋人でも妻でもない女の面倒を見なきゃ行けないんだよ……。


「はぁ、仕方がないか」


 セラビミアとの関係もそろそろ終わる。


 そう思えば、付き合ってやろうとぐらいは思えてきた。


* * *


 制御センターの室内は、ほこりっぽかった。


 入り口から続く通路は金属でできており、天井は自然発光していて通路は明るい。


 争いがあった形跡なんてなく、破壊された形跡はない。


 床にはホコリが積もっていてセラビミアの足跡が続いている。


 まるで雪のようだ。


「勝手に進みやがって。俺が来るまで待てろよ」


 文句を言ってから、足跡を追って歩き出す。


 細い通路の左右にドアはなく壁だけだ。


 迷路のように入り組んでいて、どうやって生活していたんだろうと不思議に思う。


 昔、城が落とされないように迷路のように入り組んだ街があるって聞いたことがあった。


 ここも似たような目的で作られていて、侵入者を警戒して複雑な構造にしているのかもしれないな。


 足跡はどこまでも続いていてセラビミアの姿は見えず、なぜか追いつけない。


 階段をのぼって二階に到着した。


 どこかから金属音が聞こえる。


 何かがぶつかっているような、ガンガンと不定期に発生していて不気味だ。


「まさか、何かと戦ってるんじゃないだろうな」


 ヴァンパイア・ソードを手に持ち、やや足早に進む。


 一階と同じで部屋はなく、入り組んだ通路だ。


 音は聞こえるが、目的地に近づいているのか、それとも遠ざかっているのかすらわからない。


「ウォオオオオ」


 咆吼のような声が聞こえた。


 戦いが終わりに近づいているのかもしれないと、焦って走り出す。


 通路を左に曲がり、突き当たりを右、またすぐ左にまがる。


 時間にして数分程度なのだが長く感じ、ようやく広場に着いた。


 右腕で透明な剣を持ち、左腕から血を流しているセラビミアと、金属で作られた狼――アイアンウルフがいる。


 細かい傷は付いているが無傷と言っていい。


 魔法が仕えない今、アイアンウルフに致命傷を与える攻撃ができないんだろう。


「セラビミアッ!!」


 俺の声を聞いて、彼女はこちらを見た。


「私が死にそうになった時、ジラール男爵は助けてくれる? それとも用済みだと言って見殺しにする?」


 ……こいつ、手を抜いて戦ってるんじゃないだろうな。


 遺跡ツアーにきて何度も経験したが、こいつは他人を、そして自分すらを破滅に導く人間だ。


 その究極な状況が今である。


 自分の命をチップにして、俺が助けてくれるか賭けているのだ。


 見殺しにしても受け入れるだろうな。


 セラビミアは小さく微笑むと、アイアンウルフに向かって突進する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る