第191話 私にはないんですか? ご褒美
「こんな私を大切に思ってくれるのは、家族と旦那様だけです。ありがとうございます」
笑っているのに悲しい声だった。
ふと、婚約者を選んでいたときに見たケヴィンの報告書の内容を思い出す。
首から胸にかけた傷によって、他の令嬢や男からは馬鹿にされていたとあったな。
普段は元気で活発的だから忘れていたが、そのことに心が傷ついていても不思議ではない。
「当たり前だろ。俺の婚約者なんだからな。文句を言うヤツがいたら全員、リーム公爵のように叩きのめしてやる」
ユリアンヌを馬鹿にするヤツは、婚約者に指名した俺をもバカにする行為だからな。
きっちりと仕返しをしてやらなければならん。
相手が誰であろうと許すつもりはない。
「そんなことしたら家名に傷がついてしまいますよ?」
「既に傷だらけの家名だ。一つ、二つ増えようが問題はない」
多少の名誉は回復したと思うが、過去にやらかしていた事実はずっと残り続ける。
デュラーク男爵やリーム公爵との争いは他貴族も知っていることだし、暴力を好む野蛮な男爵ぐらいのことは、今も言われていることだろう。
だったら狂犬として、ムカつくやつらに噛みついていくのも悪くはない。
田舎男爵と見下す貴族どもは全員粛清してやろうか――。
「私は、旦那様が好きです」
どす黒い感情に飲み込まれそうになっていたとき、いきなり告白されて我に返った。
「嫌いって言われても、ずっとついていきますからね」
伝え終わると俺から顔を背けてしまった。
部屋は薄暗いのでわかりにくいが、耳まで真っ赤になっているように見える。
恥ずかしいなら言わなければ良いのに。
「その気持ちは受け取った」
気軽に好きとは言えない。
今ほど前世の記憶がいらないと感じたことはなかった。
「俺は寝る。あとは任せたぞ」
これ以上話しているとユリアンヌに特別な感情を抱いてしまいそうだったので、寝ることにした。
ヴァンパイア・ソードを手に持ちながら立ち上がる。
ベッドに向かって歩き出すと、アデーレの犬耳がピクリと動いた。
「ユリアンヌッ!!」
俺の緊張した声を聞いてすぐに気持ちを切り替えてくれたユリアンヌは、短槍を持って立ち上がる。
窓のガラスが砕け散って外から人が入ってきた。
数は……四人!
全員が黒い服を着ており、手には刀身が真っ黒になったショートソードがある。
全身は真っ黒い装備で、目の部分だけをくりぬいた白い仮面があり、暗闇に顔だけが浮かび上がっている幽霊のような印象を受けた。
一人は寝ているアデーレに向かって走り、残りはこっち来る。
窓から差し込む月明かりによって視界は確保されているので、動きは丸わかりだ。
『シャドウ・バインド』
暗殺者の影が伸びて体に絡みつく。
拘束できる時間は僅かだ。
すぐに引きちぎってしまうだろうから、すぐ次の行動に移ろう。
「旦那様の敵は、死ねぇぇぇえええ!!」
と思ったら、ユリアンヌが俺に迫っていた暗殺者の前に立って頭を突き刺した。
よく見たら後ろにいる暗殺者にまで穂先が届いているらしく、二人同時に串刺しにしたようである。
「ジャック様は私が守るっ!!」
叫びながらベッドから飛び降りたアデーレは、双剣を振るって生き残っていた暗殺者の首を切断。
血が噴き出して白いシーツを赤く汚していく。
暗殺者ごときには負けないと思っていたが、こうも圧倒的とは。
俺の出番は完全に奪われてしまった。
「旦那様見てくれましたか!」
「ちゃんと倒せました!」
血まみれになった顔をぐいっと近づけて、二人とも褒めて、褒めて、という目をしている。
日本だったら猟奇殺人者として即刻通報されそうな見た目で、普通の男だったらドン引きしているぞ。
「二人ともよくやった。怪我はないか?」
「もちろんです!」
アデーレが元気よく返事をしたので、頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じた。
最近知ったのだが、獣人の中でも彼女は犬の要素が色濃く残っているようで、こういったコミュニケーションを本当に好んでいるのだ。
撫で続けていると、ふと視線を感じたのでユリアンヌを見る。
「いいな、羨ましい、ずるい……」
捨てられた子犬のような表情をしながらつぶやいていた。
いやいや、なんでそうなる!
頬が引きつってしまうのを自覚するほど、引いてしまっているぞ。
「私にはないんですか? ご褒美」
出会った頃は、戦えれば満足です! と言っていたのに、今は俺にかまってもらえなくて拗ねている。
恋はここまで人を変えてしまうのか、なんて驚き、戸惑っているが、嫌な気分ではない。
むしろ好意を感じてしまっている。
リーム公爵に狙われたときは腹が立ったし、少なくとも情が湧いているのは確実だ。
これ以上の結婚相手はいないだろうということは容易に想像がつく。
婚約期間を長引いてしまえば、適齢期を過ぎたユリアンヌに悪い。
そろそろ覚悟を決めるべきなのかもしれないな。
「ユリアンヌ」
「はい?」
「結婚するか」
「はい……えええええっっっ!?」
口をパクパクと動かして何かを言おうとしているが、言えない、みたいな態度をしている。
貴族の子女とは思えない間抜け面をさらしているな。
血の臭いが濃く、死体が放置している場所で雰囲気なんてまったくないが、騎士に憧れているユリアンヌなら問題ないだろう。
快く受け入れてくれるはずだ……よな?
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