第192話 ユリアンヌは、それでいいのか?

 ユリアンヌに求婚したことは、屋敷中に広がっていた。


 ケヴィンを筆頭に歓迎するヤツらが多い中、アデーレだけは気落ちしていて暗い表情を浮かべている。


 ずっと俺の一番を争っていたから負けたと思っているんだろう。


 遅かれ早かれ、いつかは訪れる未来、避けられない運命だったので、仕方がないことではあるがフォローをしなければいけない。


 なんと伝えれば良いか執務室で悩んでいると、ドアがいきなり開いてユリアンヌとアデーレ、そしてケヴィンが入ってきた。


「旦那様、お話がありますっ!」


 凜とした態度で俺の前に立つ。


 珍しいことにアデーレはユリアンヌの後ろに隠れていて、顔を半分だけ出して様子をうかがっている。


「どうした?」


「アデーレさんについて提案があります」


「聞こう」


 何を言い出すのか興味が湧いた。


 持っていたペンを置くと、デスクに肘をのせてユリアンヌの顔を見る。


「今度、私はけ、け、け、結婚します」


 人間を卒業して鶏にでもなったか?


 ……急に頬が赤くなり恥ずかしそうにしているので、変な突っ込みはやめておくか。


 黙って続きを待つ。


「アデーレさんも一緒に式を上げられませんか?」


「誰とだ?」


「旦那様に決まっているじゃないですか!」


 ダンと音を立てて、ユリアンヌは両手でデスクを叩いた。


 身を乗り出していて顔を近づけてくる。


 意外と整っている顔を……じゃない、俺とアデーレを結婚させようとしているのは、マジのようだ。


「どうして、その結論に至った?」


「アデーレさんも旦那様のことが好きだからです」


 ね、だから結婚しましょって、頭の中はお花畑かよ!!


 どうにか説得しろと思ってケヴィンを見る。


「側室であれば問題ないかと。アデーレ様は非常に強いお方なので、身内に取り組む案は悪くないですね」


 なんとケヴィンへの根回しは終わっていたようだ。


 こういうときだけ頭が回りやがる。


 執事長である彼が賛成するのであれば、他のヤツらも同じ意見だろうな。


「ヨン卿は何と言っている?」


「私が許可するなら歓迎すると」


 娘の幸せを願っているあの男ならそう言うよな。


 わかっていたことだ。


 視線をユリアンヌの顔からやや下に移動させる。


「アデーレはどうなんだ?」


 ピクっと、犬耳が動いた。


 数秒の間があってから、ようやく口を開く。


「私はジャック様の側にずっといたいです……」


「だったら結婚せずとも師匠兼護衛の関係でも問題ないのでは?」


「そ、そうなんですけど……」


 涙目になってから何も言わなくなってしまった。


 意地悪をしてしまったな。


 少し話を変えよう。


「お前たち、仲が悪かったんじゃないのか?」


 何かと張り合っていたのは忘れていない。


 この点について疑問が残っていたので聞いてみたのだ。


「私はジャック様の側にずっといられるだけで満足なんだと気づいたとき、争うことの無意味さを痛感しました。順位なんてどうでもいいんです」


 と言ったのはアデーレだ。


 結婚という事実を目の前にして、冷静になれたんだろう。


 本当に必要なことは何か、感情を抜きにして考え抜いた結果であれば、俺から何も言うことはない。


 アデーレを逃がさず、囲い込むという点で側室にするメリットは大きいので、拒否するなんて選択をするつもりはないのだ。


「ユリアンヌは、それでいいのか?」


「私もアデーレと同じ気持ちですから。旦那様の側にいられるのであれば、他の女性がいても問題ありません」


 少し前までユリアンヌは独占欲が強かったと思うのだが、ヒルデの教育の成果が少しは出たのかもしれんな。


 俺が複数の女を囲うことへの抵抗感が和らいでいる。


「だったら問題はない」


 立ち上がるとアデーレの前に立つ。


 手を取って顔を見つめた。


「俺と結婚してくれ」


「私なんかで、いいんですか?」


 自己評価の低いアデーレらしい返事だな。


 何度も一緒に訓練をして、実戦もくぐり抜けたというのに、まだ自分が必要とされているという実感がないらしい。


 ここは男らしく、ビシッと言ってやるか。


「お前じゃなければダメなんだよ。ずっと一緒にいてくれ」


 アデーレの目から涙がポロポロと落ちたので、優しく抱きしめることにした。


「あっ」


 小さい声を漏らしたが拒否されることはない。


 尻尾がゆらゆらと揺れているので、受け入れられて嬉しいなどと思っていることだろう。


「よかったね」


 空気に当てられたのか、ユリアンヌは泣きそうな顔をして祝福していた。


 正妻と側室の仲が良いのであれば、俺の精神的なストレスは軽減され、派閥争いといったことも避けられる。


 衝動的に結婚の話を進めたが結果は良い方向に転んでくれた。


 時には思い切った判断をするのも悪くないな。


「話はまとまったようなので、結婚式の準備をしましょうか」


 存在を忘れかけていたケヴィンの発言によって、現実に引き戻された。


 結婚式をするのであれば、寄親などの貴族に声をかけなければいけないだろうし、それなりに豪華な食事も用意しなければいけない。


 祝い金をもらえるとしても赤字になるだろう。


 ったく、金は出て行く一方で貯まらんな。


「早まるな。傭兵ども殺してからにするぞ」


 実はリーム公爵が雇ったと思われる傭兵団が、我が領地に向かっているという報告を受けていた。


 隠すつもりはないようで現在地まで把握できており、もうすぐ関所を超えてジラール領に入ってくるようだ。


 結婚する前に、領地の安全を確保しなければいけなかった。

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