第187話 手を出したな?

 余裕のある態度を崩さないリーム公爵のことは気になるが、決闘の中断なんてできないので大人しく椅子に座る。


 短い会話をしていた間にも戦いは進んでいたようで、ヨンとエンリケの間に炎の壁ができて接近できないようになっていた。


 さらにエンリケは周囲に炎の槍を浮かべると、自由に動く片腕を使って瓶を取り出す。


 あれは回復ポーションだ。


 等級まではわからないが最低でも四級、リーム公爵の態度からして三級かもしれん。


 ヨンはポーションの破壊を狙って動こうとしたが、炎の槍が邪魔をして攻められない。


 エンリケは笑いながら親指で蓋を弾くと一気に飲んで瓶を投げ捨てた。


「すばらしい技量を持っていますが、仕えている主がクズなせいで貴方は負けますよ」


 見せつけるように、骨が砕けたはずの腕を動かしてエンリケは煽ってきた。


 即時性、回復量から見て三級のポーションを使ったんだろう。


 余裕ある態度からして回復ポーションのストックはありそうで、チマチマダメージを与えても倒せそうにない。


「決闘という神聖な場で我が主を馬鹿にした罪、死で償え」


 静かに怒ったようでヨンは連続で槍を繰り出して攻撃を始めたが、急所を狙った突きをハルバードで弾かれてしまう。


 たまに鎧に当たるが、ヨンの槍で貫くことはできず、僅かに傷を付けるだけで終わってしまった。


 衝撃も逃がされているので、先ほどのように骨を砕くというのも難しそうだ。


「あの鎧はアダマンタイトで作っているので、普通の武器では破壊不可能だぞ」


「武器も防具、そしてアイテムすら上回っているから勝てると言いたいのですかね?」


 先ほどまで動揺していた俺が落ち着いていることに違和感を覚えたようで、リーム公爵の口が止まった。


「何か勘違いしているようですが、ヨンはあえて鎧を破壊していないだけです。やろうと思えばいつでもできます……ほらね」


 ヨンは相手の能力を確かめるために、全力では攻撃していなかったのだ……きっと!


 その証拠に回避の癖を見切ったのか、絶対に避けられない一撃を放ったのである。


 先ほどまで余裕そうだったエンリケの腹にヨンの槍が突き刺さり、背中から穂先が出ていて誰が見ても致命傷を受けたというのがわかった。


「なぜ、アダマンタイトの鎧を貫ける!?」


 レーアトルテが集落から持ってきた槍を借りているからだ。


 ヨンの技量とアダマンタイトで作られた穂先があれば、同じ鉱石で作った鎧を貫く力がある。


 リーム公爵が普通の槍だと勘違いしていたのは、俺が槍を偽装させたからである。


 狙い通り油断してくれたようだ。


「さぁ、なぜでしょうね」


 内心で笑いが止まらない。


 圧倒的に有利だと思っていたヤツらが、絶望する顔を見るのは楽しいなッ!!


 田舎男爵だって侮っていたことを後悔するといい。


「おい! エンリケ! 遊ばないでさっさと殺せッ!!」


 脂肪をたっぷりと蓄えた腹を揺らしながら、リーム公爵は立ち上がった。


 負けると思って焦っている。


 その姿を俺の領民が見ているので、ジラール男爵に仕えている騎士の方が強いんだなんて印象操作もできたことだろう。


 決闘が終わった後に、実はうちの領地って凄いんじゃないかって噂になってくれれば最高だな。


「ゴフッ」


 腹に穴が空いているエンリケは、刺さった槍を抜こうとしているが動けない。


 ヨンの腕力がエンリケを上回っているのだ。


 何とかして抵抗しようとしているが、足を引っかけられて倒れてしまった。


 仰向けに倒れたエンリケにヨンが馬乗りになる。


「負けを認めないと死ぬぞ?」


 転倒と同時に刺さっていた槍は抜けいた。


 腹に空いた穴から血が流れ続けており、数分もすればエンリケは力尽きるだろう。


 ポーションを取らせる隙なんて作らない。


 詰みの状況だ。


「ぐッ……こう……さ…………」


 最後の力を振り絞ってエンリケが口を動かしていると、ヨンの頭に拳ほどの岩が複数飛んできた。


「後ろだ!」


 俺の警告を聞いた瞬間、急いで転がりながらその場から離れる。


 飛んできた岩は通り過ぎて領民に当たることなく、家の壁に衝突した。


「手を出したな?」


 あれは攻撃魔法に違いない。


 リーム公爵から魔力の動きを感じていたので、直接手を下したみたいだ。


 負けそうになったからって決闘のルールをねじ曲げやがったな。


「言いがかりはみっともないぞ。誰か魔法を使った瞬間でも見たか?」


 正式な見届け人がいない決闘なので、魔法を使った瞬間に指摘してなければルールを破ったとは指摘できない。


 仮にリーム公爵が魔法を使った瞬間を見た領民がいたとしても、決闘を中断させるような権利はないので、発言しても無駄である。


 もちろん卑怯な手を使ったという噂は広まるだろうから、リーム公爵としてもギリギリまで我慢していたんだろうよ。


「私の気のせいでした。誰かが石を投げたのでしょう」


 この場で騒いでも意味がないので今回は引き下がろう決めると、領民たちが歓声を上げた。


 決闘に大きな変化があったのだろう。


 急いでヨンの姿を探す。


 優位に進めていたヨンは健在だったが、離れた場所に逃げたエンリケの両手には回復ポーションと俺が用意した秘薬があった。


 両方とも蓋が開いていて中は空になっている。


「クソッ。落としたのか」


 魔法を回避する時に、しまっていた秘薬を落としてしまったのか。


 中身は知らなくとも決闘に持ち込んだから使える物だと判断したんだろう。


 意地汚いヤツだ。

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