第188話 お前ぇぇ! 卑怯な手を使っただろッ!

「いいぞ! さっさと目障りな敵を殺せ!」


 ピンチだったエンリケにチャンスが訪れたことで、リーム公爵は笑いながら叫んでいた。


 貴族としてのプライドなんてどうでも良く、どんなアイテムを使っても勝たなければならない。


 負けられない戦いだ。


 なんて思っているんだろうよ。


 まぁ、それは俺も同じだ。


「ヨン卿、大丈夫か?」


 俺の問いにヨンは小さくうなずいた。


 焦っている様子は見えない。


「絶対に勝てよ」


 ゲームの設定やシナリオではなく、ヨンという男は俺と娘のために必ず勝ってくれると信じて言った……わけじゃない。


 秘薬を奪われて負けるなんて許せるはずがないだろ。


 勝つのは大前提で、主人である俺の期待に応えようとする騎士の姿を領民に見せつけるだけだ。


「想いが強ければ勝てるとでも考えているのか? そんなことは絶対にない! 力と金が全てなんだ! わかったなら平民や貴族もどきは、黙って俺に従うんだなッ!」


 領民たち、そしてエンリケの視線が、不快な発言をしたリーム公爵に集まった。


 ほんの僅かな時間ではあるものの俺が待ち望んでいたチャンス到来である。


 レーアトルテから回収したアラクネの細い糸を飛ばす。


 先端に取り付けた小さな金属が、エンリケの足をグルグルと回って絡みつく。


 数秒ではあるだろうが、動きを止めるには充分な力を発揮してくれることだろう。


「再戦と行きましょうか」


 エンリケは勝利を確信した態度で言い放つと、返事する代わりにヨンは槍を連続で突き出す。


 後ろに下がりながら剣で穂先を叩き落とそうとしたエンリケだが、足についたアラクネの糸が邪魔をしてバランスを崩してしまう。


 そんな隙を見逃すはずがない。


 ヨンは右肩、次は腹、左足、右胸など全身を攻撃し、金属製の鎧に穴を開けていく。


 秘薬を飲んで能力は向上したはずなのだが、無抵抗なままやれているのだ。


 戦っているヨンは俺が何かしたと思っていそうだが、そんなことはどうでもよい。


 勝利は全ての行動を肯定する。


 勝てば良いんだよ、勝てば。


「なぜ避けない! 反撃しろッッ!!」


 勝ったと思い込んでたヤツが転落する姿を見るのは、気分が良いな!


 窮地に陥ったのがわかっているようで、リーム公爵の顔には脂汗が浮かんでいる。


 俺を無実の罪で脅し、大切なものを奪おうとしたのだから、この程度では終わらせないぞ。


「ヨン、派手に倒せ」


 穂先を後ろに向けて体をひねり力を溜めると、振り上げた。


 痛みと失血でフラついていたエンリケは避けることなんてできない。


 腹に当たると目測で五メートルほど上昇し、重力に従って落下する。


 下には穂先を天に向けたヨンが立っていた。


「よけろぉぉぉぉおおおおお!!!!!」


 リーム公爵の叫び声がむなしく響き渡り、エンリケは胸を貫かれて串刺しになってしまう。


 エンリケから流れ出た血は槍の柄を伝って地面を濡らす。


 地球にいた頃、串刺公ヴラド三世のイラストを見たが、似たような光景だったな。


 人が派手に死んだというのに領民は歓声をあげて喜んでいるし、まったく野蛮な世界だ。


 嫌いじゃないけど。


「決闘は私の勝ちですね」


 地面を何度も踏みつけて怒りを露わにしているリーム公爵に話しかけた。


「お前ぇぇ! 卑怯な手を使っただろッ!」


「卑怯? 何か証拠があっての発言でしょうか」


「…………」


 死という誰が見てもわかる決定的な敗北を覆すアイデアはないようで、リーム公爵は黙ってしまった。


 俺の領民が見ていたので決闘を無効化することも、勝敗を変えることも出来ない。


 もし決闘を無効化するために暴れ回るのであれば、王家からの制裁は避けられないからな。


「リーム公爵には、私のお願いを一つ聞いてもらいましょうか」


「…………何を求める?」


 金や権力には興味ない。


 俺はジラール領で満足しているから。


 身の丈を超える欲望は破滅の街道を進んでしまうので、俺の要求はリーム公爵の不利益にならないものとした。


「リーム公爵及び家臣や私兵は、二度とジラール領に入らないでいただきたい」


「要望はそれだけか?」


「ええ。それ以外は何も求めません」


 リーム公爵と俺の領地はかなり離れており交易なんて一度もしたことはないので、お互いに利益もなければ損をすることもない。


 決闘に勝った報酬としては、ささやかすぎる内容だ。


 報復を恐れた要求だと勘違いしてくれることだろう。


「いいだろう。その条件をのむ」


 決闘の敗者に拒否権なんてないのだが、公爵としてのプライドが許さなかったんだろうな。


 後ろ盾のない俺が煽っても禍根を残すだけなので、気になる言い方だったが大人しく引き下がっておくか。


「では、今すぐにお帰りください」


 優雅に頭を下げてお願いすると、リーム公爵は舌打ちをしてから俺の屋敷に戻っていく。


 ジラール領に散った騎士を集め終わったら、約束どおり出て行ってくれることだろう。


「騎士の埋葬はどうしますか?」


「この俺の顔に泥を塗ったんだ。そこら辺に捨てておけ」


 義務として聞いてみたのだが、足を止めることなくリーム公爵は愚かな判断をしてしまった。


 命をかけて主の命令を聞いたというのに、エンリケは見捨てられてしまったのか。


 報われないな。


 他の騎士たちも同じことを感じることだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る