第171話 婚約の件を早く進めたいと思っている
「それと集落の存在は、しばらく隠しておきたい。レーアトルテは馬車に乗せて屋敷に入れ、ルミエたちには旅する変わり者のアラクネとして紹介する」
残念なことにジラール領は田舎なので、アラクネを見たら魔物だと勘違いして領民が怯えてしまうだろう。
集落の存在はできるだけ隠しておきたいので、しばらくレーアトルテの行動範囲は制限しておく予定だ。
もちろん、私兵どもに箝口令も敷く。
他の貴族には気取られずに話を進めて資金を確保、軍事力を拡大して、周囲が気づかないうちに、ちょっかいを出したら痛い目に合うと思える規模にまで急いで成長したかった。
「わかりました」
アデーレが返事をすると、ユリアンヌも小さく頷いて続く。
「これから大きな転換期が訪れるだろう。俺はこの波を乗り切って、ジラール領を繁栄させるぞ」
俺が望む生活を手に入れるためには、十年ぐらいの時間が必要だと考えていたが、今回の発見により数年で実現できるだろう。
デュラーク男爵を倒した今、アラクネとの交渉がうまく終われば、予想外の妨害なんて起こりようがない。
最期にケヴィンを捨てれば、全て丸く収まる。
貧乏で破滅フラグばかりが多かった、ジャック・ジラールの人生ともおさらばなのだッ!!
◆ ◆ ◆
旧デュラーク領にある私の屋敷に、リーム公爵が訪れていた。
王家の血筋を持つ高貴な一族が、田舎の領地に来るのは珍しい。
いや、異例と言っても過言ではないかな。
それほど、私との婚約を本気で進めたいと考えているみたいなんだけど……正直、迷惑でしかないよね。
護衛の騎士は五十名いるし、貴族の三女、四女といった侍女も数名連れてきている。
彼、彼女たちの寝床や御飯を用意するだけで、お金が吹き飛んじゃうんだけど。
そこら辺、分かってるのかな?
ジラール男爵がお金に困っている姿を見て笑っていたときもあったけど、まさか勇者である自分も同じ目に合うとは思わなかった。
「――私としては、婚約の件を早く進めたいと思っている」
腹が出ていて、両サイドにだけ髪が残ったハゲ男は、私の目の前でニヤニヤと下品な笑みを浮かべていた。
周囲にはデュラーク男爵時代から働いているメイドや、リーム公爵の連れてきた侍女が数人いる。
応接室に置いたソファにはリーム公爵が座っていて、見るだけで嫌悪感が湧き出てきちゃう。
『悪徳貴族の生存戦略』だと、ヒロインを寝取る種付けおじさんとして作りだしたから、見た目が悪いのは納得できる。
けど、なんで私に近寄ってくるかなぁ!
そんなシナリオを書いた記憶ないんだけど。
一夜を共にしてしまえば確実に妊娠してしまいそうな精力が自分に向けられると、背筋がぞわっとするよね。
「手紙にも書きましたが、婚約の件は受け入れられません。もし強引に迫ってくるなら勇者としての職務を放棄しますよ?」
ヴァルツァ王国の隣にはグラディア大王国があり、常に侵略される危険にさらされている。
さらに強力な魔物もいるから、勇者という存在が消えると困ってしまうので、私の意見は無視できないはず。
だから婚約の話も王家が間に入って、すぐに消えてなくなると思ってたんだけど……リーム公爵の顔を見る限り、私の読みは間違っているみたい。
「別にかまいません。代わりは見つかりましたからな」
「……私の、代わり……っ!?」
人間種の特殊変異である勇者が、同時代に二人も誕生するだなんてあり得ない!
不可能ではないけど天文学的な数字になるはず。
どうして、そんなことに……。
「おやおや。愛しいセラビミア嬢の顔色が、悪くなってしまいましたな」
ねちゃーっと口を開くと、目の前に座っていたリーム公爵が立ち上がり、興奮した様子で話を続ける。
「すでに国王陛下から、勇者解任の許可はいただいております」
懐から出した羊皮紙には王家の紋章が押印されており、勇者解任と代わりに男爵になることを認める言葉が記述されていた。
他に勇者が存在するのは、間違いないみたい……。
もしかしたら転生したことで勇者級の人間が増える世界に変わった、という現象?
だったら同時代に勇者が二人いるのも理解はできる……けど、私が創った世界に裏切られたようで、気分が悪いっ!
「勇者を解任されたとしても、婚約はいたしません」
男に抱かれるなんて悪夢でしかないから!
私は女の子とイチャイチャしたいだけなの!
「そんなワガママは許されません。貴族の責務として、血を残さなければなりませんからな」
私を男爵にした理由は、貴族として子作りせよと、迫りたいからね。
種付けおじさんと設定した影響か、下半身が絡んだときだけ知恵が回る。
正当な理由なくリーム公爵の婚約を断ってしまえば報復が怖い。
普通の貴族であれば受け入れるの一択しかないだろうけど、私は違う。
創造主である私に反抗する愚かな人間に罰を与えなければ。
「だから、私はリーム公爵と結婚するべきだと? 冗談もほどほどにしてください」
「なっ!?」
リーム公爵の顔が、リンゴのように真っ赤になった。
女に反抗されたことなんんて、なかったのかな?
「50を超えた老人のクセに若い女に迫るなんて、ゴブリン以下の存在よ」
嗤いながら言ってやった。
アデーレやルミエに手を出そうとするなら応援してあげたのに、私を狙うなんて愚かな存在。
罰を与えなきゃね。
「小娘がぁッ!!」
顎についた贅肉が震えていて、声を出して笑いそうになったので我慢する。
話はコレで終わりではないからね。
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【あとがき】
書籍版の購入報告ありがとうございます!
本当に嬉しいです!
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