第155話 同じことを二回言わせるな
村長との話し合いを終えると、怪しいヤツを探すため、一緒に家を出て村の中を歩く。
旧デュラーク領から逃げだしたと思われる男どもが路上で寝ており、子供を連れた女が飯を分けて欲しいと村人に交渉していた。
薄汚れているし、服はボロボロ。
明らかに金なんか持っていない風貌をしている。
前にいた場所でも貧困に喘いでいただろう人々だ。
兵に金を握らせることなんて不可能だっただろう。
どうやって領地を越えてきたのか気になるな。
「あの男でございます」
考え事をしていたら、案内をしていた村長が立ち止まった。
一人の男を指さしている。
体の線は細く、メガネをかけている男は見覚えがある。
ハイナーだ。
レアな商品を取り扱うキャラクターだったので、資金が貯まったらジラール領に来いと誘っていたな。
戦後処理やセラビミアの婚約話など、色々あったので忘れてた。
「どうされますか?」
村長の目を見る。
恐れを含んでいるような、もしくは俺の怒りを買ってしまうであろう男への哀れみか?
どちらにしろ負の感情があった。
「話すに決まってるだろ。お前は家に戻れ」
「よろしいので?」
「同じことを二回言わせるな」
「も、もうしわけございませんッ!」
村長は転げるようにして走り去っていった。
優しく温い領主なんてイメージが付いたら困るので、これでいい。
その他大勢に含まれる領民には、適度に恐れてもらわなければ調子に乗ってしまうからな。
目の前にいるハイナーのように非常に優秀で代わりのいない人だけ、優遇してやる。
「金は貯まったのか?」
「ジラール男爵!」
俺の声を聞いて振り返ったハイナーは、笑みを浮かべながら報告をする。
「先日の商売で準備資金が貯まりました!」
「すばらしい」
絶対に逃がさないぞという気持ちを込めながら近づく。
少数だが貴重な商品を扱う店は絶対に欲しいからだ。
「約束したとおり、我が町の一等地に店が出せるよう、指示を出しておこう」
「そこまで、お金は貯まっていませんが……」
「足りない分は俺が融資してやる」
「え、そこまでしていただなくても」
「別にとって食おうとしているわけじゃない。そう、警戒するなよ」
笑みを浮かべながらハイナーの肩を軽く叩いた。
「あはは……」
むむ、さらに警戒されてしまったみたいだぞ。
腰が引けているようにも見えるし、怯えている。
優しくしてるのに何でこうなった?
「ジャック様、そんなに詰め寄られたら誰でも怯えてしまいますよ」
「なんだと?」
振り返って、声をかけてきたルミエに返事をした。
優しく微笑んでいていつも通り美しい。
このまま裏切りフラグを立てずに仕えさせたいものだ。
「特に目元の部分です」
ルミエの両腕が伸びて俺の顔に触れ、目の周辺をグリグリともんでいく。
無礼だと一喝することもできただろうが、真剣な顔をされたので黙ることにした。
こういうときは好きにさせるのが良いと、ジャックの記憶が教えてくれた。
「普段の顔から怖い顔をしているんですから、ほら、こうやって笑ってください」
目と口を同時に触られて、無理矢理笑顔を作らされてしまった。
「この顔なら怖くないのか?」
「変わりませんね。怖いままです」
「おい!」
さすがに声を出して突っ込んでしまった。
当主である俺を弄びすぎだろッ!
昔から専属メイドをしているルミエだからといって、許されることと、そうではない――。
「ふふ、ははは!」
叱ろうと思ったら、ハイナーが腹を抱えて笑い出したので止めた。
「恐ろしい領主様と聞いていたんですが、噂は当てになりませんね」
不正者をバンバン処刑していたからだろうか、今度はそんな噂が流れていたのか。
舐められるよりかマシではあるが、ハイナーのように警戒されてしまうのは良くない。
「そうですよ。顔は怖いんですけど、私たちには優しい領主様ですから」
ね、なんて付け足され、ルミエから同意を求められてしまった。
ハイナーの態度が軟化したタイミングで否定なんてできない。
ズルい女。
だからこそ、良いのだが。
「俺が厳しくするのは犯罪者や裏切り者だけだ」
再びハイナーの方に顔を向けて姿を見る。
「今は商人が欲しいだけだ。商売に失敗したからといって罰することはないし、後で何かを要求することはない。安心して好意を受け取れ」
さっきまでなら信用ならないと思われたかもしれないが、ルミエの行動によって一考の余地はありそうだと感じているようだ。
顎に手を当てて、どうするべきか悩んでいるみたいである。
「兵やアデーレからハイナーの評判は聞いている。一ヶ月以内に返答してくれるのであれば、今回の約束は守ってやる。じっくり考えるが良い」
押してばかりでは俺の求める結果はでない。
あえて一歩引き、情報を集める時間を作らせようとしたのだ。
この後、第一村にいる兵やルートヴィヒ辺りに話しかけて、俺の評判を確認するだろう。
兵には特に手厚い対応をしているので、良いことしか言わない。
減税をして、不正者を断罪し、体を張って村や領地を守っているのだから、領民どもも俺が良い統治者だと評価するはず。
王都から追われたハイナーにとって、起死回生のチャンスだと決断するには十分な情報が転がっているのだ。
「ご配慮ありがとうございます。少し、お時間をいただきます」
「俺の話に乗ると決めたら、手紙でもよこせ」
話は終わりだ。
これ以上、ハイナーと話すことはないので、ルミエを連れて天幕へ戻ることにした。
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