第153話 甘いですね
自信ありげに言ったんだから、本当に剣の扱いは得意なんだろう。
木剣を持つと、俺とヨン卿は訓練場の中心に移動する。
周囲には誰もいない。
模擬戦の結果は二人だけのものになりそうだ。
「ジラール男爵、準備は良いですか?」
俺を見るヨン卿は中段で構えた。
お互いに全ての魔力を開放して身体能力を強化する。
「もちろんだ」
返事をすると同時に、目の前にいるヨン卿の姿がブレて消えた。
初っぱなから全力かッ!
後から気配を感じたので、前に飛び出ながら振り返る。
突き出された木剣を叩いて軌道を変えて回避した。
いつの間にか距離を詰められてしまったみたいだ。
ヨン卿の足が顔に迫っているので、腕をクロスにして受け止める。
骨が折れるんじゃないかと思うほどの衝撃が走り、意識が飛びそうになった。
「弱い男に、娘は任せられませんね」
そういえばヒルデは貴族らしい考え方をしていたが、ヨン卿は父親としての意識の方が強かったな。
まさか……娘を奪い取ったなんて思ってるんじゃないだろうなッ!
「なかなか言うじゃないか。老いぼれには負けんぞ」
腕は痛いが木剣は手放していない。
目も慣れてきたので反撃しよう。
俺は上段から木剣を振り下ろして、ヨン卿は木剣を横に振るうが、お互いの攻撃は空振りで終わる。
身体能力は相手が上回っていることは分かっていたので、実は距離を詰めてはいなかった。
間合いの外だったのだ。
俺は全力で攻撃しなかったので、すぐに次のアクションに移り、伸びきったヨン卿の腕に絡めて一気に引く。
奪い取れないようにと抵抗してきたので、腕は諦めて逆に前へ出て距離を詰めて、足をかけて転ばそうとしたのだが、俺の動きは読まれていたようだ。
「甘いですね」
なんと押し返されてしまい、吹き飛んでしまった。
バランスを取って倒れることだけは避けたが、ヨン卿の木剣が下から上に、俺の顎を狙ってきたので体を反らして避ける。
『シャドウ・バインド』
影を伸ばしてヨン卿の動きを止めると、バックステップで距離を取った。
「魔法、ですか」
呟きながらヨン卿は影を引きちぎって自由になる。
分かってはいたが、足止め程度にしからなんか。
「俺は魔法を組み合わせて戦うからな。当然だろ?」
魔法は禁止といってなかった。
反論はできないだろ。
「ジラール男爵の言う通りですな」
戦場では何が起こるか分からない。
この程度のアクシデントは許容範囲、なんて言いたそうだな。
娘と同じ脳筋め。
予想外の動きで精神的に揺さぶることは難しいか。
「さて、そろそろ次にいきましょう」
腕を上げて木剣を地面と水平にしたヨン卿が近づいてきた。
攻撃する隙が見つからない。
ジャックの体を使ってはいるが、俺は現代日本にいた一般男性である。
経験の差というのが出てしまい、自然と受け身になっていた。
「行きます」
右足を大きく踏み込むと、俺の顔を狙って木剣が近づいてきた。
受け止められないと思い、半歩下がって回避、反撃しようとしたのだが、ヨン卿の木剣は縦に回転して、こめかみを狙ってくる。
直感で逃げられないと思ったので、自分の木剣を滑り込ませて受け止めた。
「くッ!?」
遠心力が加算されたこともあって、予想より力が強いぞ。
手に持っていた木剣が吹き飛ばされてしまった。
魔法を使おうとしても間に合わない。
ヨン強は俺の足を払って転倒させると、木剣を喉元に当てる。
「まだまだですね」
完敗だ。
反撃する手段が見当たらない。
「強いな」
「何十年も戦い、生き残ってきましたから。それなりに鍛えております」
普段から訓練を続け、魔物や人と戦ってきたんだから、当然か。
強くなったと思っていたんだが、専業には勝てないようだ。
デュラーク男爵との戦いにできたら、勝敗は変わっていたかもしれん。
「そんな強い騎士を家臣にできて嬉しいよ」
本音である。
兵長としてルートヴィヒは頑張っていると思うが、どうしても百戦錬磨の騎士には劣ってしまう。
ヨン卿がいるだけで兵の消耗は大きく減るはずだ。
「ジラール男爵の期待に応えられるよう頑張ります」
実力を確かめ合い、仲も深まった。
忠誠心が高いことは変わらないようで、安心しつつヨン卿の手を取って立ち上がろうとする。
「ずるいーー!」
なぜか刺繍の練習をしに行ったはずのユリアンヌがいた。
アイツ、逃げ出してきたな。
「私も旦那様と戦います!」
訓練用の武具が置いてある場所に行ったユリアンヌは、木製の短槍を見つけると手に持って近づいてきた。
ここは父親であるヨン卿に注意してもらおうと思って、俺は黙ったままだ。
「まったく仕方がない娘だな」
なんとヨン卿はユリアンヌの行動を叱ることはなく、むしろ受け入れてしまった。
「ジラール男爵は疲れている。先ずは私と戦いなさい!」
俺を放置して二人で模擬戦を始めてしまう。
激しい応酬が始まり、口は挟めない。
「この程度じゃ、ゴブリンにすら勝てないぞ!」
楽しそうに笑いながら、ヨン卿はユリアンヌと戦っている。
こうやって脳筋娘に育ったんだな。
「貴族の娘として、教育するのは難しそうだ……」
ヨン卿という逃げ道ができてしまったので、もう刺繍なんてしないだろう。
俺が注意しても長くは続かないはず。
数日後には耐えきれずに逃げ出す未来が見える。
ユリアンヌを追いかけてきたヒルデの姿を見て、俺は珍しく同情していた。
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