第149話 ワインをお持ちしました
「で、婚約者は誰なんだ?」
「公爵家だったけど、名前までは覚えてないかな」
現在、ヴァルツァ王国の公爵家は一つしかない。
確か現国王の叔父という関係で、年は五十近い男だ。
頭はハゲていて肥満体型である。
しかも酒ばかり飲んでいるため顔色も悪いときた。
弱そうな見た目ではあるが、王家だけに伝わる魔法が使えるので油断はできない。
『悪徳貴族の生存戦略』では、国家転覆を目論むジャックの邪魔をしてきた存在なのだ。
アイツに負けると特別エンドが流れて、味方にした女性キャラクターが寝取られるんだよな。
首輪を付けられ、薬で躾けられたアデーレが、ジャックを裏切って斬り殺すなんてスチル画像もあったし、胸くそ悪い思い出しかない。
思い出すだけでイライラしてくる。
妻の浮気で傷ついていた俺に追い打ちをかけた存在として、今も覚えている。
俺は寝取られだけは絶対に許せないんだよ。
個人的に死んでもらいたいキャラクターナンバーワンだ。
「あのハゲデブ男の名前は、ロベルト・リームだ」
「おー。よく覚えていたね。そんな名前だったよ」
ゲーム制作者だというのに、覚えてないのかよッ!
ルミエ達がいるのにもかかわらず、声を出して突っ込みそうになってしまった。
危ないところだったな。
「婚約はロベルトの息子か?」
息子は三人いて、長男が十三才、二男が十才、三男が五才だったはず。
全員、父親と同じ体型でイケメンとはかけ離れた存在であり、だからこそ寝取られた時のダメージが大きいのだ。
悪意しか感じない設定である。
それがセラビミアに牙をむいているのだから、皮肉な話だな。
「ううん。ご当主の側室として声をかけられたんだよね」
セラビミアは、うんざりした表情をしていた。
気持ちは分かる。
父親と同じか、それ以上の年老いた男と結婚させられるのだからな。
しかも、側室という低い立場に立たされるのだから、正妻から嫌がらせを受けることも容易に想像がつく。
「息子じゃなく、当主に?」
「理由は分からないけど、そうみたい」
「セラビミアにも分からないことがあるんだな」
ゲームの制作者であるセラビミアは、この世界において神に近い存在だろう。
誰も知らない真実を彼女だけが知っている。
大きなアドバンテージを持っているはずなのに、公爵家の目的が分からないとは。
「推測ぐらいもできないのか?」
「うん。だって、私が知っている流れと全く違うからね」
シナリオが変わったのか!
俺だけじゃなく、セラビミアだって『悪徳貴族の生存戦略』とは異なる動きをしている。
ジャックへの接触、領主になるなど、色々とやらかしているからな。
考えてみれば、王家や公爵家がゲームとは違う思考や行動をしても不思議ではない。
「そいういうことか。これは、先が読めなくなったな」
「うん。だから、ジラール男爵を頼りに来たんだよ」
「俺にできることなんてないぞ?」
公爵家なんて、雲の上にいるような存在だ。
立場が違いすぎるので、お互いに交流する機会なんてないし、リーム公爵はジラール領がどこにあるかなんてすら知らんだろうな。
俺のことを貴族とすら思っていない可能性すらある。
「私と婚約すれば解決だよ!」
お馬鹿な発言に俺だけじゃなく、ルミエやアデーレまで驚いたような気配を感じた。
この場にいる全員の視線が、セラビミアに突き刺さる。
「酒を飲む。ワインを持ってこい」
俺の命令を聞いてルミエが退室した。
これで、勇者に対して怒鳴り声を上げても気づかれないだろう。
息を深く吸ってから口を開く。
「バカなことを言うなよッ! 公爵家が狙った女を横取りすれば、何をされるか分かったもんじゃないッ! 田舎男爵なんて簡単に潰されてしまうんだ!」
席から立ち上がってセラビミアの前にあるソファーに座る。
「それにだな、俺は婚約済みなんだ。お前には多少同情するが、話には乗れんな」
「ジラール男爵なら、そう答えるよね」
ニヤニヤと笑いながら返事をしたセラビミアは、どこか余裕がありそうだった。
「じゃあ、別の方法を使おうかな」
「なんだ、まともな計画も用意していたのか?」
「一応ね。私の意思を無視して婚約させるなら、勇者の仕事を放棄するって脅すだけだよ」
それは効果的な脅しだな。
国内に強力な魔物が出たら、王家直轄の騎士団や貴族が抱えている兵で対処しなければいけなくなる。
人命や金が大量に消費されるだろうし、勝てない場合も多い。
ゲームと同じ性格であれば、国王は極度のビビりだから、セラビミアの言葉に従うだろうな。
リーム公爵は納得しないだろうが……そこは、王家の圧力に期待するしかない。
「ワインをお持ちしました」
タイミング良く、ルミエが戻ってきた。
俺とセラビミアの間にあるローテーブルに、ワイングラスが二つ置かれると、ルミエがワインを注いでいく。
「これは、二十年前に作られた逸品らしい」
大金が入ってくるので、最近は高級ワインを買いあさっていた。
古ければ美味いという知識しかないので、銘柄はケヴィンに任せっきりではある。
今のところハズレはない。
ワイングラスを持って鼻に近づけ、香りを楽しんでから口に含む。
うん、こいつも当たりだった。
「美味しいね」
この世界でも贅沢をしてきたであろうセラビミアが満足しているのだから、ケヴィンの見る目は確かなようだな。
ようやく望んでいた贅沢な暮らしができつつあり、俺は満足していた。
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