第139話 お前を倒して、俺が領主に相応しい器があると示してやる

 逃げ出したデュラーク男爵の兵は疲れ切っていて、移動速度は遅い。


 周囲よりも装備の良い男――兵長らしき存在もいるが、士気が下がりきった今なら問題ないだろう。


 周囲は草原なので隠れる場所もなく、追いかけるの楽だった。


「ぶっ殺せ!」


 先ほどの戦闘で味方が何人も殺されているため、追撃に参加した俺の兵たちは全員が殺気立っている。


 捕虜なんて取るつもりはない。


 戦友の墓に敵の首を供えるぐらいの勢いで、捕まえては殺していく。


 走っていたデュラーク男爵の兵長にルートヴィヒが覆い被さり、俺の兵が体を押さえつけると、顔面にナイフを突き刺す。


 骨が邪魔をして即死とはいかなかったようだ。


「ぎゃぁあああ! いたいいいいい!!」


 戦場の狂気に飲み込まれているようで、悲鳴を聞いた俺の兵は笑みを深める。


 不快だなと思うが、口に出すようなことはしない。


 ここでストレスを発散してもらわなければ、感情のやり場がなくなると思ったからだ。


 仇は討ったぞと、戦友の墓へ報告できるようにしておくべきだろう。


「スティペッ!!」


 仲が良かったのか、デュラーク男爵は一瞬だけ足を止めて名前を呼んだが、俺の存在に気づきまた走り出す。


 体は鍛えていたようで足は速い。


 周囲には多くの兵がいて、俺の視界を邪魔しているので、見失ってしまった。


「俺たちはデュラーク男爵だけを狙う」


 隣で一緒に走っているアデーレに声をかけた。


 この場で絶対に殺したい男だからな。


 逃がすわけにはいかん!


「はいっ!」


 普段と変わらない雰囲気で返事をしてくれた。


 流石、頼りになるアデーレだな。


 戦場の狂気には飲み込まれていないようである。


「案内しますね」


 鼻をヒクヒクと動かしてから、走るスピードを上げて俺の前に移動した。


 どうやら案内してくれるようで、空気中に残っている臭いをたどって進んでいく。


 すぐには見つからない。


 走り続けてデュラーク領の奥に進んでいくと、兵たちの姿が見えなくなる。


 もう数時間は探しているだろう。


 休憩の提案をするか悩んでいたら、アデーレが急に止まって、背中に鼻をぶつけてしまった。


「いたた、何か見つけたのか?」


 横に一歩移動して前を見る。


 肩で呼吸をしながら俺たちを睨みつけている、デュラーク男爵がいた。


 後ろにはメイド服をきた女が一人、なんとなく気にいらない目をしている。


 情婦も兼ねてた女を戦場に連れてきたのか?


 絶対に勝てるという油断と慢心があっただろうな。


「殺します?」


「そうだな。殺そう」


 今回はデュラーク男爵が領地を侵略してきたので、俺は正当な権利を使って防衛したに過ぎない。


 敵の大将を殺しても問題はならない。


 さすがに領民まで殺し回ったら国内が荒れてしまうので、セラビミアが襲ってくるだろうが、そこまでするつもりはない。


「ハァハァ……ジラールの小僧が……」


 息が切れていて、疲労が溜まっているみたいだな。


 負けた側の大将というのは惨めなものである。


「老人は若者に道を譲って、さっさと墓に入れよ」


 歩きながら言った。


 護衛としてアデーレが付いてきそうだったので、手で止める。


 場が整っているのだ、一対一の勝負をさせてもらおう。


「ほう、そこの小娘は使わんのか?」


「お前を倒して、俺が領主に相応しい器があると示してやる」


 魔物がはびこるこの世界において、領主は強くなくてはならない。


 領民は魔物と戦える支配者を望んでいるし、そのために税金を払っている。


 弱いと、戦う力がないと侮られ、最悪の場合は反乱コースに突入するだろう。


 しかも、この話は領民だけに収まらない。


 弱ければ周囲の領主からも下に見られて、他貴族がちょっかいを出してくるのだ。


 最悪の場合、デュラーク男爵のように領地を狙ってくる。


 だから俺は、周囲に力があると示し、侮ったらマズイという印象を与える必要があるんだよ。


『悪徳貴族の生存戦略』だと、領主のジャックも戦場に出ていたので、そういった設定を現実化させた文化なのかもしれんな。


「躾のなってない若者を教育するのも、大人の役目。授業料としてお前の命をもらおう」


 ようやく呼吸の整ったデュラーク男爵が、地面に置いていた両手剣を拾った。


 刃渡りは二メートルほどある。


 普通より大きいグレートソードというところか?


 装飾はほとんどないが、薄らとひかっていることから魔法的な効果がかかっていると分かった。


 そんな重たい物を持っているから、余計に体力を消費したんだな。


 俺は警戒しながら、ヴァンパイア・ソードを抜いて構える。


「お前は、コレを避けられるか?」


 デュラーク男爵がグレートソードを突き出した。


 確かに速いがアデーレの双剣ほどではない。


 ヴァンパイア・ソードで迫ってくる刃を叩いて横にずらす。


 攻撃が失敗して腕が伸びきり、隙だらけだ。


 俺は大きく一歩踏み込み、今度は俺がカウンターの突きを放った。


 だがこの行動は読まれていたみたいだ。


 にやりと口角を上げたデュラーク男爵の口が動く。


『ローズウィップ』


 地面から鋭いとげの付いたツタが伸びて足や腕に絡みついた。


 わざと俺に攻撃させる隙を作ったのか。


 思っていたより頭が回るな。

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