第138話 よくも騙したなぁッ!!

「獣人ごときが! 家の運命を背負っている俺に、勝てるわけないだろッ!」


 空中で一回転してから着地したアデーレに向かって、ルベルターが叫んだ。


 こいつ、種族差別主義者か。


 自分の種族が至高という考えを持つ人々で、エルフや獣人、ドワーフにも一定数いる。


 例え相手が貴族でも種族が異なれば反発する、主義主張の強いヤツで、だからこそ隙が多い。


 お前、千載一遇のチャンスだったというのに、攻撃しなくて良かったのか?


「ジャック様にみっともない姿を見せちゃった……すぐに殺さなきゃ」


 魔力を貯蔵する臓器を全て開放したようで、アデーレの発する魔力が一気に高まった。


 目が暗く、抑えきれない殺意が漏れ出ている。


 この俺ですら寒気を感じるほどで、ルベルターは完全に気圧されていた。


 あれは予測なんてできない攻撃だったので、吹き飛ばされたことなんて気にしなくていいのにな。


「お前の方が――くッ!」


 盾を警戒して、高速で回り込んだアデーレが、背後からヒュドラの双剣を振り下ろす。


 ルベルターは当たる寸前で振り返ると、剣を盾にして防いだ。


 お互いの刀身がギリギリと音を立てながら押し合いが始まる。


 最初は互角だと思っていたのだが、徐々にアデーレが有利になっていく。


 負けると思ったようで、ルベルターは左腕を動かして盾を前に出そうとする。


 させるかよッ!


『シャドウ・バインド』


 俺の動きは読まれていたようで、不意は突けずに抵抗されてしまい、動きは一瞬しか止められなかった。


 だが、アデーレにとっては、そんな僅かな時間で十分なのだ。


「たぁぁぁぁああっっ!!」


 大声を出しながらヒュドラの双剣に力を入れたようだ。


 ルベルターの片手剣を砕き、金属鎧を切り裂くと、両肩に食い込む。


 致命傷には至っていないが、ヒュドラの毒がルベルターを襲う。


「――――!」


 悲鳴すら上げられない。


 毒が回ったようで目は赤くなり、涙の代わりに血が流れる。


 アデーレは持っていたヒュドラの双剣をクルリと回転させ、逆手持ちになった。


 突き刺してトドメを刺すつもりだ。


「下がれ」


 ピタリと、アデーレの動きが止まった。


 暴走しているように見えて、ちゃんと理性が働いている。


 優秀な女だ。


 ヴァンパイア・ソードを抜いてからルベルターに近づく。


「……毒とは……卑怯だぞッ」


「レッサー・アースドラゴンを使って、俺の領地を襲ったヤツが卑怯だと? 冗談にもならん」


「グッ」


 言い返せなくなって黙ったようだ。


 毒が体を蝕み、ルベルターは片手剣と盾を落とす。


「最期に良い光景を見せてやる」


 無抵抗なルベルターの頭を掴んで、兵どもが戦っている場所を見せる。


 精鋭部隊が、敗走している姿があった。


 馬車は破壊されており、馬は殺されている。


 デュラーク男爵ですら走って逃げている状況だ。


「な、なぜ!?」


「装備や数が上回っているのに負けたのが不思議か? ほら、アレを見てみろよ」


 また顔を無理やり動かして、緑の風がいる場所を見せる。


 二人は上級魔法を使っており、近くにはセラビミアが立っていた。


「エルフを護衛している女は勇者だ」


「なぜだ? ベルモンド伯爵は、勇者がジラール領を狙っていると、言っていたのに……」


 予想通りだ。


 どうやら、それが誤解だったことを、デュラーク男爵から聞かされていないらしい。


 借金まみれになったことを知られたくなかったのか、それとも戦意を落とさないために黙っていたのか分からんが、裏目に出たな。


 この状況、利用させてもらうぞ。


「お前らは嘘をつかれたんだよ」


「ッ……!!」


「常識的に考えてみろ。勇者が田舎男爵の領地を欲しがると思うか?」


「確かに……いや、だが、勇者はジラール領を調べて……」


「その話、誰に聞いた? 証拠はあったのか?」


「…………ない。すべてベルモンド伯爵から聞いた話だ」


 だろうよ。


 他貴族を蹴落とすのだから、慎重に動くはず。


 分かりやすい証拠なんて残すようなヘマを、伯爵クラスはしない。


 全て秘密裏に進められ、口約束の報酬を提示されたのだろう。


「勇者は国内を荒らす貴族を倒すために来ただけだ。本当に狙われていたのは、俺じゃなく、お前の領地だったわけだな」


 煽るために嗤った。


「くそぉおおおお!! ベルモンド伯爵、よくも騙したなぁッ!!」


 毒によって頭が回らないルベルターは、勇者が小競り合いに出てくるほど暇じゃないなんて、気づけていない。


 真実を知ったと勘違いして、血を吐き出しながら怨嗟の言葉をはき続ける。


 これほどの怨みや嘆き、絶望といった感情をむき出しにして、無駄死にするんだ。


 俺の領地を狙った不届き者の最後に相応しい。


 ざまぁみろ。


「俺が死んで肉体が滅んでも、この怨嗟は消えん。一族を呪い殺してやるッ。ジラール領に散った、我が兵士、家族たちよ。共に復讐をしようではないか――ガハッ、ガハッ、ゴボッ」


 最後に大量の血を吐き出して、ルベルターから力が抜けた。


 掴んでいた頭を離したら地面に倒れ込んだ。


「完全に死んだな」


 裏切られた者の末路なんて、こんなもんだ。


 前世の俺が死んだときもこんな表情をしていたのだろうか?


 戦いに勝った嬉しさなんてなく、空しさだけが残っている。


「ジャック様……」


 浮かない顔をしていたからか、アデーレが心配そうに声をかけてきたので頭を撫でる。


 気持ちよさそうに目を閉じているので、心が癒やされた。


「残りはデュラーク男爵だ。追いかけるぞ」


 逃げ出せた敵の兵は十人にも満たない。


 デュラーク男爵と共に走って逃げているので、追いつくのは容易だろう。


 俺の領地を攻めてきたのだから、責任を取ってもらわなければならん。


 生き残った兵とアデーレを連れて、残党狩りをしようじゃないか。

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