第123話 アデーレ様、食料の搬入が終わりました
私が鍛えた兵を連れて、修繕中の橋を護衛している。
ここに来てから数日は経っていて、10人近くの兵が周辺を巡回していた。
対岸は草原が広がっていて誰もいないけど、二日前にデュラーク男爵の兵が現れて弓で攻撃されたし、油断はできない。
川を渡ってきたら、絶対に斬り刻むんだから。
私とジャック様の領地を荒らす敵は、必ず殺すっ!
目の前に流れている川から目を離して背後を見る。
近くには天幕がいくつも並んで寝泊まりできるようになっていて、大工職人たちは月に一回ぐらいしか町に帰れていないみたい。
敵に襲われてからはストレスが爆発しちゃっている雰囲気があって、毎晩、お酒を飲んでは騒いでいて、少し嫌な感じがする。
夜襲を警戒していて、兵は大工職人たちに構っている余裕はないし、乱暴な行動はエスカレートしているように感じていた。
「アデーレ様、食料の搬入が終わりました」
兵がメガネをかけている商人を連れてくると、話しかけてきた。
彼が持っている羊皮紙を受け取って内容を見ると、保存食や日持ちする野菜、あとは酒を天幕に持ってきた記録が書かれている。
正直、この量と金額が適正なのか分からないけど、ジャック様から言われている予算内に収まっているので大丈夫かな。
「荷物の中はちゃんと確認した?」
「はい!」
ジャック様の兵が確認したし、大丈夫かな?
羊皮紙を兵に返すと、今度は商人に話かけることにした。
「荷物運びお疲れ様。問題ないから、お金を受け取って」
「ありがとうございます」
これで話は終わり。
知らない男が近くにいると今も緊張するから、周囲の巡回に出ようかなと思っていたんだけど……商人は私に用があるみたいで立ったまま。
仕方がないので、じーっと見ながら待つ。
「この橋が完成したら、ジラール領への荷運びが楽になりますね」
「何が言いたい?」
商人は回りくどい言い方をするから嫌い。
何度か騙されたこともあったし、もしジャック様の貴重なお金を奪い取るようなら、斬り殺すんだから。
「実は私、橋が完成したらジラール領で商売を始めようと思いまして」
「だからなに?」
首をかしげて聞いてみた。
正式な手続きをすれば商売は認められるから、私に報告しなくてもいいのに。
この男は何を考えているんだろう。
「その時はハイナー商会を立ち上げますので、今からジラール男爵に名前を覚えていただきたいと……」
何で私がそんなことを……と思ったけど、ジャック様は、商人が来ないと悩んでいたのを思い出した。
彼のことを伝えたら喜んでくれるかも。
男は苦手だけど、ジャック様の役に立つなら別。
軽く話してあげる程度ならいいかも。
「分かったよ。ジャック様に会ったら伝えておくから、しっかり働いて」
「もちろんです! 全力で頑張ります!」
頭を思いっきり下げた商人は、兵と一緒に天幕の方に向かって行った。
姿が見えなくなると、私は橋の近くに移動する。
橋脚の修繕は終わっていて、今は木の板を敷いて道を作っているみたい。
もう半分は出来ているから、これからはデュラーク領に近づいていく。
襲撃はこれからもっと激しくなるかも。
目を閉じて耳に手を当てる。
正面の音だけを拾うことを意識して集中すると、草木のざわめきが聞こえてきた。
風が吹く度に規則的に動いているし、誰かが隠れていることはなさそう。
まだ、敵は動かないみたい。
明日来るのかな? と思っていたら、草を踏みつける音が聞こえた。
人と同じぐらいの重さがありそうで、兎といった小動物じゃないことは明らか。
目を開けてみても、対岸に人影は見えない。
「今は、遠くで監視しているだけね」
夜になったら破壊工作をしてくるかもしれない。
今日は夜番の人数を倍に増やそう。
川に背を向けてから、天幕が立てられている場所に向かって歩き出した。
◆◆◆
その日の夕方、兵を橋の方に向かわせて警備させていた。
天幕は、いつも通りお祭り騒ぎ。
襲撃のストレスを忘れるため、今日も大工職人は酒を飲みながら暴れているみたい。
天幕を守るために残った私は巻き込まれたくないから離れた場所で座り、干し肉を食べていたんだけど……。
「よう、嬢ちゃん。俺のこと誘ってるのか? んん?」
酔っ払った職人が一人、私の前に立った。
水浴びすらしてないようで、汗と酒が混ざった臭いが鼻を刺激する。
体が震えるのを感じながら、眉間にシワをよせちゃった。
「臭いから、向こうに行って」
鼻をつまみながら手を前後に振ったのが悪かったみたいで、酔っ払いの顔が赤くなる。
「てめぇ! 舐めてんのか!?」
一歩前に足を踏み出したので、私は座ったままの姿勢から後ろに跳躍、地面に立った。
腰にぶら下げた双剣を抜こうとして手を動かし……中断する。
相手は野盗じゃなく職人だから、殺してしまえば橋の完成が遅れてしまう。
それはジャック様の望むことではない。
先ずは話し合い。
「気に障ったなら謝る。ごめんなさい」
「お、分かりゃぁ良いんだよ」
急に機嫌が良くなると近づいてきたので、その分だけ後ろに下がって距離を取る。
「おいおい、なんで下がるんだよ。俺を楽しませてくれ」
下品な笑みを浮かべている姿は、剣術を学んでいたときの師匠に似ている。
私に何を求めているのか、ハッキリと分かった。
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