第124話 黙れ

「なんで、私がお前を楽しませなければいけないの?」


 まだ夕日は沈んでない。


 少しだけ薄暗い程度なんだけど、酔っ払いの男は私に迫ってくる。


「女を絶ってから二週間だ。もう、我慢できねぇんだよ」


 我慢できないなら殺してあげる。


 と思ったけど、言葉には出さないようにした。


 ジャック様の大切な領民を傷つけたら、嫌われちゃうかもしれないから。


 きっと、私より橋を修繕できる大工職人の方が価値はあると思うし。


「護衛の兵を一人付けてあげるから、町に戻って良いよ。そこでたっぷり遊んでから戻ってきて」


「我慢なんて出来ねぇよ!」


 酔っ払いが飛びかかろうとした酔っ払いの肩に手が置かれた。


「お前、何してるんだ?」


 声をかけたのは、私が鍛えた兵じゃない。


 別の大工職人のようだった。


 酔っ払いの男より顔色はまともなので、止めに来てくれたのかも。


 そうだよね、普通は、自分を守ってくれる人に手を出そうなんてバカなこと、許さないからね。


「こんな場所に女が一人いるんだ。ヤることは一つだろ?」


「…………だな」


 もう一人の大工職人もニヤリと下品な笑みを浮かべた。


 ………最悪。


 新しく来た男は下品な笑みを浮かべて同意しちゃった。


 囲まれたことで、兄弟子たちや師匠だった人の顔が思い浮かび、体が強ばってうまく動かない。


 ジャック様と出会って克服したと思ったんだけど、欲望がむき出しになった目で見られると、ダメみたい……。


 考えはまとまらないし、肩を掴まれちゃった。


 なんで、守るべき相手が私に手を出そうとするの?


 訳が分からない。


 恐怖が勝ってしまう。


 腰まで抜けて座り込んでしまった。


「離れた場所に連れて行くぞ」


「おう! そこで楽しもうぜ」


 両手両足を押さえられてしまい、引きずられそうになる。


 ジャック様……。


 もうだめだと思って目を閉じた。


「ブブッ!!」


 変な声が聞こえて足が自由になった。


「テメェ――グハッ!」


 今度は腕が自由になる。


 恐る恐る目を開けると、夕日を背負ったジャック様が立っていた。


 助けて欲しいと思ったとき、本当に来てくれた……!!


「ゴミどもめ。俺のアデーレに何をしようとした?」


 いつもよりも凶悪な顔になっていて、凄く素敵……じゃなくて!


 なんで大切な大工職人ではなく、私なんかを助けてるの?


 疑問をぶつけたいけど、私が口をだしていい雰囲気ではない。


 ジャック様はヴァンパイア・ソードを抜きながら、倒れている二人に近づいていく。


「アデーレさん、大丈夫でした?」


 後ろから声が聞こえたので見ると、ジャック様が連れてきた兵の一人が、地面に膝を突いて心配そうに見ていた。


「うん。なんで二人がここに?」


「襲撃の報告を聞いたので、急ぎ駆けつけました」


 伝令に出した新人の兵は、ちゃんと仕事をしてくれたみたい。


「おい、さっさと言えよ。貴重な時間がなくなるだろッ」


 声を荒げながら、ジャック様は倒れている二人を蹴り飛ばした。


 ゴロゴロと転がって止まる。


 咳き込みながら赤い血を吐き出していた。


「こりゃぁ、どういうことだ!?」


 騒動を聞きつけた現場監督が、他の大工職人を引き連れてジャック様の前に立つ。


 相手は貴族だというのに一歩も引かない様子。


 お酒の入った大工職人たちは殺気立っていて、今すぐにでも戦いが勃発しそう。


 ジャック様を守らなきゃ。


 そう思って立ち上がろうとしたら、ジャック様が連れてきた兵に止められてしまう。


「今は見守りましょう」


 抗議しようとしたら、今度はジャック様の兵も集まってきて、事態が大きく変わっていく。


「部下の教育が出来てないくせに、態度だけはデカいな」


「おいおい、どういうことでぇ? いくらお貴族様だとはいえ、その言葉は許せねぇぞ?」


 現場監督が一歩前に出たら、ジャック様に殴り飛ばされた。


 彼の後ろには大工ギルドがいるのに、気にしていないみたい。


 すごい! かっこいい!


「黙れ」


 ヴァンパイア・ソードを前に出して大工職人たちの動きを止めつつ、ジャック様は話を続ける。


「俺の家臣に手を出そうとしたから、処分する」


「手を出そうとしただと?」


 現場監督が倒れている二人と私を交互に見て、事情を察したみたいでため息を吐いた。


 さっきまでの勢いが削がれたのと同時に、兵たちが殺気立つ。


「アデーレさんに手を出そうとした不届き者がいるのか……」


 誰かが呟いた。


 それがきっかけとなって、兵の全員が武器を抜く。


 大工職人たちは身構えているけど顔色は悪い。


 自分たちが劣勢だと分かっているみたいだった。


「すまねぇ。俺の部下が悪かった」


 現場監督は頭を下げたけど、そんなことでは誰も怒りは収まらない。


 ジャック様が問い詰める。


「それだけか?」


「俺がキッチリ言い聞かせる。この現場からも離れさせるし、金で解決するなら二人を奴隷にして罰金を支払う。だから、殺すのだけは勘弁してもらえねぇか?」


「部下を守る気持ちは伝わったが、結論は変わらん。二人ともこの場で殺す」


 ジャック様の発言に、兵たちは首を縦に振って同意していた。


 大工職人たちから抗議はなく、現場監督を見つめている。


「…………今回はジラール男爵の判断に従うぜ」


「よく決断した」


 凶悪な笑みを浮かべると、ジャック様は倒れている二人にヴァンパイア・ソードを突き刺しいく。


 血が吸い取られて、干からびたミイラになっちゃった。


 気味の悪い死体を見て、兵や大工職人たちは頬を引きつらせて驚いているみたい。


「こうなりたくなかったら、真面目に仕事しろ」


 ヴァンパイア・ソードを鞘に入れたジャック様が、私に近づくと抱きかかえてくれた。


「来るのが遅れて済まなかった」


 集団から離れると小さく呟いた。


 険しい顔をしているジャック様になんて声をかけていいかわからず、私は無言で素敵な姿を見ることしかできなかった。

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