第121話 なら、俺が破滅しないように協力しろよ
「王家や他の貴族は、そのことを知っているのか?」
「そんな情報を流すわけないよ。知っているのは私とジラール男爵だけ。二人の秘密だ」
独り占めしようとしているのであれば時間的な猶予はありそうだが、一つだけ今すぐ明確にしなければいけないことがある。
「なら、俺を殺して手に入れば早いだろ? どうしてそうしない?」
勇者セラビミアの笑みが深まった。
何を考えているのか分からないこともあって、動きに注意しながら返事を待つ。
「私には、ジラール男爵の協力が必要だからだよ。死なれたら困るんだ」
勇者セラビミアは俺を殺すチャンスがあったのに手を出さなかった。
それどころか、俺に協力的な言動をする。
今の会話だって一方的に情報を提供するだけで、俺に見返りを求めていないのだ。
隠している目的はあるだろうが、俺が死ぬようなことはしないだろう確信がある。
少なくとも今は、お互いに利用できる状況なのは間違いない。
「なら、俺が破滅しないように協力しろよ」
「その代わり、デュラーク男爵の問題が片付いたら、古代の遺跡を探しに行かない? 大体の場所は分かっているから、時間はかからないと思う」
完璧な世界を作りたいと焦っているのか、稚拙な交渉をしてきたな。
余裕のなさが伝わってくる。
立場はセラビミアの方が上ではあるが、この交渉においては圧倒的に俺が有利な状態だ。
そんな状況下で、素直に、うんと答えるはずがないだろ。
「俺は傾いた領地の立て直しに忙しい。お前の話は魅力的だが、金も人もだせん」
「ジャック君だけ来てくれれば良いんだよ。ね、どうかな?」
「何言ってるんだ。古代の遺跡なんて罠だらけなんだから、人を投入して慎重に探索するべきだろ。俺だけで、なんとかなる話ではない」
話ながら、何で俺だけで良いと言ったのか考えていた。
ジラール領だから俺の許可が必要なのまでは理解できる。
だからこうやって、こっそりと会っているのだろう。
斥候や荷物持ち、護衛を用意しろと言われれば分かるが、俺だけが必要という発言は理解できない。
他の誰でもない、俺が……あ、なるほど、そいういうことか。
思いだしたのはヴァンパイア・ソードを手に入れたときだ。
グイントが押しても蓋は開かなかったが、俺が触っただけで動いた。
それと同じ仕掛けが、古代の遺跡にあったとしたらどうだ?
ゲームの主人公であるジャックが特別な血筋という設定で、この体じゃないと動かない仕掛けがあっても不思議ではない。
とすれば、誰かが発見したとしても脅威にはならんだろう。
動かないのであればガラクタと同じだからな。
俺が思っていた以上に余裕はありそうだ。
「不安だったら、罠解除が得意な人も私が用意するからさ。ちょっとだけ付いてきてよ」
「断る」
短くハッキリと拒否すると、セラビミアのまとう空気が重くなった。
体から魔力を発して俺を威嚇しているんだろう。
強い殺気を感じる。
「一歩でも前に出たら、俺は絶対に行かない」
「だったら無理やり連れて行く。生きていれば良いんですからね」
口が軽いな。
指紋認証みたいに、死体でも動く仕組みではないみたいだ。
俺が生きていることに意味があるんだろう。
「だったら全力で抗って、それでもダメなら死んでやるよ」
「…………」
じっと見て動かない。
脅しが利いているのだろうな。
睨み合いが続いてしばらくすると、セラビミアから発する魔力が霧散した。
「ふぅ……仕方がないか。今日の所は引いてあげるけど、また来るから」
「もう来なくていい。他の貴族でも取り締まっておけよ」
「気が向いたらね」
軽く手を振るとセラビミアは窓に足をかけて、飛び降りた。
ここは二階なんだが、ヤツの身体能力であればケガなんてしないだろう。
走りながら敷地から出ていく姿を確認すると、俺は執務室を出る。
ヴァンパイア・ソードの柄に手を当て、両親が寝ている離れにまで移動した。
二人はダブルベッドの上に並んで寝ている。
室内に調度品はなく、数日に一回、ルミエが体ほぐし、拭きに来るぐらいで、誰も訪れない部屋だ。
俺がここにいることに気づいている人はいないだろう。
父親の胸の上に手を置く。
ゆっくりとだが上下に動いていた。
冬眠に近いようで、寝てから一切食事を取っていないのに、まだ生きている。
体はやつれてきてるので、半年もしたら餓死するだろうがな。
「そろそろ決断しなければな……」
何かに使えると思って放置していたが、ジャックの血筋が古代の遺跡に関わってくるのであれば、父親が生きていること自体がリスクになる。
セラビミアは俺を狙っていたが説得を失敗した今、父親の体を使う可能性があるからな。
親だからといって、自らの手で殺したくないという甘い気持ちは断ち切るべきなのだ。
ヴァンパイア・ソードの刀身を首に近づける。
適度に血を吸わせて衰弱した状態にすれば、後は眠ったように死ぬはずだ。
少しだけ力を入れて――。
「誰かいるんですか?」
あと少しというところで、ドアが開いた。
立っているのはルミエとメイド姿のグイントの二人。
「……ジャック様?」
ありがたいことに二人は悲鳴を上げることはなかった。
その代わり、今の状況を説明して欲しいという顔をしている。
言い逃れは……無理だろうな。
この状況で、父親を殺そうとはしていないと言っても説得力は皆無である。
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