第111話 教育はお任せ下さい

「よくぞ遠くから来てくれた! ここは、我が家だと思って過ごして欲しい」


 ユリアンヌからはヒルデの性格を聞いているが、家族というフィルターがかかっているので素直に信じるわけにはいかない。


 この目で確認するため、今回の会話で見極めようと思っている。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」


 小さく上品に微笑んだヒルデは、元気な娘とは正反対な印象を持った。


 聞いていた通りなので驚きはないが、どうやったらこの母親から騎士に憧れる娘が生まれるんだ? といった疑問は浮かぶ。


 見た目はヒルデで中身はヨン卿を受け継いだのか?


 もしそうなら、逆のパターンにならなくてよかったな。


「紅茶をお持ちしました」


 ルミエが紅茶を持ってきた。


 音を立てずテーブルに置くと、すぐに離れる。


 流れるような動きに感心してしまう。


「良い香りですね。いただいても?」


「もちろんだ」


 許可を出すとヒルデはカップを持ち、鼻に近づけてから小さく口を開いて飲む。


「甘い。娘から話は聞いていましたが、ジラール領の紅茶は美味しいですね」


「我が領地で唯一自慢できるこものだからな」


 俺も紅茶を飲んで喉を潤す。


 甘みが疲れた脳を癒やしてくれるような感じがして心地が良い。


 ふぅと思わず息を吐いた。


「ずっと気になっていたことがございました」


「ほう……何が知りたい?」


 紅茶を飲んで緩んでいた気持ちが引き締まった。


 こいつ、何を言ってくるつもりだ。


 金をせびってくるようであれば関係を断ち切ってやる。


「なぜ娘のユリアンヌを選ばれたのでしょうか? 首から胸にかけて大きな傷がございますし、なによりジラール男爵にお送りした絵では傷を隠しておりましたのに……」


 母親の目をしていた。


 ヨン卿もからも感じたことではあるが、どうやらヒルデも娘をかわいがっているようだな。


 愛が重く感じる。


「見合いの絵なんてどこも修正だらけだ。太っているのであれば痩せているように見せるし、小さな胸を大きく見せることもある。ユリアンヌの場合は、それが傷だっただけだ」


 現代風に言えば写真で盛るようなもんだろ。


 美しく見せたいという女心ぐらいは分かっているつもりなので、この場で文句を言うつもりはない。


 もちろん、会った当日も傷を隠していたら、婚約しようなんて思わなかったがな。


「ありがとうございます」


 俺の返事を聞いたヒルデは、貴族の仮面を外して、ほっとした表情に変わった。


 傷を隠す指示は母親がしていたと聞いていたし、ずっと気にしていたんだろう。


「確かに俺はユリアンヌの婚約者になったが、不満がないというわけではないぞ」


「娘に何か至らぬことが?」


 表情は笑ったままではあるが、意識は親から下級貴族の妻に切り替わったようだ。


 この様子なら俺の要望は問題なく通るだろう。


「他家に妻として紹介するには少々、元気が良すぎるのだ。普段は自由に過ごしても構わんが、男爵家に嫁ぐ女として相応しい態度も身につけてほしい」


「あぁ……やはり、そうなっていたんですね。あの子は私から逃げてばかりでしたので、今度こそしっかりと教育します。お任せ下さい」


 ユリアンヌの悲鳴が聞こえてきそうな言葉だったが、俺には関係ない。


 自信を持って言うのであればヒルデに一任しても良いだろうが、騎士の妻でしかないので知識が足りない部分もあるはず。


 手放しで任せるのは少々怖いので、一人付けるか。


「ルミエ、話は聞いていたな? お前も義母のサポートをするんだ」


「かしこまりました」


 男爵家に長く仕えているルミエの知識も合わされば、まぁ形にはなるだろう。


 書斎には参考となる本もあるだろうし、失礼にならない程度のマナーは身につけられるはず。


 これでヒルデとの用事は終わった。


 話したいことはないので政務を理由にしてさっさと去ろう。


 残したらもったいないので最後に紅茶を飲み干し、立ち上がろうと腰を浮かしかける。


 ドアが開いてケヴィンが応接室に入ってきた。


「来客中だぞ?」


 苛立ちを露わにしながらも内心では動揺している。


 ルートヴィヒとは違ってケヴィンはしっかりした男で、急ぎの要件でもない限り俺の邪魔をするはずがないのだ。


 ヒルデとの話を中断させるほどの悪い話がきたと、そう思っていて間違いないはずである。


 いったいどんな言葉が飛び出すのかじっと待つ。


「デュラーク男爵の使者が屋敷に着ております」


 裏工作は止めて表から攻めに来たようだ。


 領地を譲れなんてバカ正直には言ってこないだろうし、罠を仕掛けてきたはず。


 内容次第では即刻、争うことも考える必要はあるだろう。


「用件は?」


「デュラーク領で暴れていた野盗が、そちらに逃げた。兵を派遣して討伐したい、とのことです。いかがいたしましょう?」


 使者は何を言ってるんだ?


 あの話は私兵が首を持って行き、換金して終わったはずだ。


 ちゃんと金はもらえたんだから手違いってことはないだろう。


 もしかして使者が持っている情報は古いままだったのか?


 だったら話せば分かってくれるので楽なんだが、そうはいかないだろうな。


 俺の直感がそう言っていた。

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