第91話 そっか、君は彼の血縁者だったんだね

 アデーレは巨大なトレントを、ユリアンヌはユニコーンと戦いながら、お互いに罵倒を飛ばし合っている。


「私はジャック様の師匠で護衛なんだから、無関係な女は引っ込んでなさいっ!」


「私はこれからジャック様の妻になるの! 家族でもない、貴方の方が無関係ね!」


「妻は予定で、まだ決まってないっ! 今は私の方が、ジャック様との関係は深いんだから!」


「違いますーっ! すでに私の方が深くつながっているんだからっ!!」


 お前たち子供かっ!! と、突っ込みたくなるほど、低次元な言い合いだな。


 口を動かしながらも魔物と戦ってなければ、叱りつけていたところである。


 目の前の魔物と戦うだけでなく、近づいてくるゴブリンやオーガ、人食い鳥を倒しているのだから驚きだ。


 戦闘能力はアデーレの方が高そうに見えるものの、ゲームに登場しなかったユリアンヌの潜在能力は未知数。


 もしかしたら今後、アデーレを超えるかもしれないという期待感もある。


 二人が仲良く手を組んで戦ってくれば、心強い仲間となるだろう。


 ……すべては、俺の手腕にかかっているな。


 じゃじゃ馬を上手くコントロールできるか分からんが、勇者セラビミアや周辺の貴族を倒すよりかは楽なはず。


 俺に心酔しているからこそ争いあっていると思えば、可愛いもんだ。


「待たせたな」


 二人が魔物を引きつけてくれているおかげで、俺はドライアドの前にまで歩いていた。


 周囲は悲鳴や罵声でうるさいのだが、俺とドライアドだけは静かに睨み合っている。


「……どうするつもり?」


 奴隷の首輪から解放された直後より、落ち着いているようだ。


 アデーレやユリアンヌの強さを見て冷静さを取り戻してくれたのであれば、今なら交渉できるだろう。


「お前を操っていたヤツらは俺の仲間が処分した。大人しく帰ってくれないか?」


 彼女にはこれからも魔物を統率してもらいたいから、多少の譲歩ならしてやってもいい。


 そう思いながら、返事をしたのだった。


「それは無理。油断させてから、襲うつもりでしょ? もう騙されない」


 セシール商会のヤツら、だまし討ちして捕らえたんだな。


 随分と疑い深くなっている。


 本当に面倒なことばかりやらかす。


 後で絶対に相応の報いを受けさせてやるからなッ!


「俺はこの土地を治めている人間だ。森の主でもあるドライアドに死なれたら困る。襲っても得なんて何一つ無いぞ」


「…………証拠は?」


「ない。俺の仲間が、お前を解放したことで信じて欲しい」


「…………」


 ドライアドもバカじゃないから、少なくとも俺が敵対したくないと思っていることぐらい、先ほどの会話で理解したはずだ。


 感情との折り合いが付かないので返事をせずに無言なんだろう。


 俺を睨むように見ていたドライアドの視線が、ヴァンパイア・ソードの方に移り、右手を見て止まった。


「その剣、どこで見つけた?」


 人と違って、精霊は物に興味を示さない設定だったはずなんだが、こいつは違うのか?


 珍しい反応だ。


 少し探りを入れよう。


「この森にある遺跡だ」


「遺跡?」


 精霊には遺跡の概念がないのか?


 理解できてないようである。


 異文化交流は面倒だな。


「森の中に壊れかけた建物があるんだが、知っているか?」


「もちろん。いくつかある」


 初代ジラールが眠っている遺跡以外のもあるのか。


 良いことを聞いた。


 色々と落ち着いたら探索しても面白いだろう。


 新しい武具が見つかるかも……呪われているかもしれんがなッ!


「そのうちの一つにあったんだよ」


「確か石の箱に封印したはずなんだけど、どうやって開けた?」


「俺が触ったら勝手に解除された。ったく、呪われているなら、もっと厳重に封印しろよ」


 精霊の寿命は長いと聞いているので、初代ジラールと会っていても不思議ではないか。


 それより、封印しなければいけないほどヤバイ武器だったことに驚いている。


 後世に残さず、処分しておけ!


 もしくは警告文ぐらい残してくれ。


 初代からのプレゼントが呪いの武器でした! なんてドッキリ企画、いらないんだよ。


「封印を解除したということは……君は彼の血縁者だったんだ」


 俺が内心で初代に文句を言っている間に、ドライアドは意味深なことを言いやがった。


 会話している間にも俺に向けて放たれていた殺意が、急速に消えていく。


「初代ジラールのことを言っているのか?」


「名前は分からないけど、その剣と一緒に入ってた人のこと」


「であれば、血縁者で間違いない。俺は、そいつの子孫だ」


「ふーーん」


 後ろに手を組んで、ドライアドがゆっくりと近づいてきた。


 敵意は感じない。


 何をするか興味があったので好きなようにさせていると、俺の右手を触った。


「剣との同化が始まっている。あの人と一緒で、もう離れられない」


「ずっと剣を握ったまま、生きていかなければいけないのか?」


 だったら困る。


 トイレや風呂は片手でも出来るが、武器の携帯が許されない場所なんて沢山あって、貴族としての行動が大幅に制限されてしまうからだ。


 誰かと会うたびに抜き身の剣を持っていたら、交渉なんて不可能である。


 どうにかしなければ!


「ううん。そこまで悪質じゃない」


 ドライアドの口が、花の模様が浮かんでいる手の甲に触れた。


 ピリッと電撃が走ったように感じる。


「何をした?」


「これで、手から剣が離れる。試してみて」


 ヴァンパイア・ソードを鞘にしまって、握りっぱなしだった柄から手を離す。


 吸い付く呪いは完全になくなったようで、すんなりと思い通りにいった。


「助かった……」


 正直、何をされたのか全く理解できないが、ドライアドが俺のために動いたことぐらいは分かる。


 初代の子孫だと判明してから、好意的だな。


「でも、捨てたり、遠ざけたりは出来ない。私は少しだけ呪いを弱くしただけで、本来は誰にも解除できないから」


 試しに投げ捨てようと思ったら、右手に激しい痛みを感じた。


 手の甲に残っている花の模様が黒く変色している。


 剣と魔力的なつながりがあって攻撃してきたのだろう。


 ドライアドの話が本当で、解呪アイテムを使っても無効化されるのであれば、迷惑な剣だな……。

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