第90話 なんで、あの女がいるんですか?

 ゴブリンやオーガを斬り殺し、ユニコーンの角から放たれる氷の塊を回避していたら、ユリアンヌが短槍を持って突っ込んできた。


 あれはヨン卿のものだ。


「なぜ、ここに!?」


 緑の血を吸って意識を乗っ取ろうとするヴァンパイア・ソードに抵抗しながら叫んだ。


 ユリアンヌは人食い鳥の頭を突き刺してから、俺の隣に立つ。


「戦えるまで回復したお父様が、未来の旦那を助けに行けと」


 親子揃って気が早すぎないか。


 今のところ婚約破棄するつもりはないのだが、だからといって結婚が確定したわけでもない。


 戦いが終わった後の話し合い次第では、どう転ぶか分からないのだ。


「ヨン卿は無事なんだな?」


「私の剣を使って、ゴブリンの集団を倒すほどには」


 あれだけの出血をしたのに、短時間で本当に戦えるほど回復したのか。


 この世界の住民は驚くほどタフだな。


 正直、魔物の集団に手こずっていたので、ユリアンヌの助勢は助かる。


 彼女は槍を使っていたから短槍との相性も悪くはないだろうし、戦力として期待できる。


「事情はわかった。よく、俺の所にきたな」


 従順に命令を聞くだけではなく自ら判断して行動したことを褒めたら、ユリアンヌは笑いながら魔物を屠っていく。


 ようやく余裕ができたので、周囲の様子を確認する。


 人型の影は……全滅したようなので、ドライアドの首輪から伸びている鎖から模様が消えた。


 これは魔物をコントロールする力が失われたことにつながる!


 ドライアドは奴隷の首輪を引きちぎると投げ捨て、殺意のこもった鋭い目で睨みつけてきた。


「この私が不覚を取るとは……」


 どうやら操られていたことが気にいらなかったようで、怒り狂っている。


 本来は温和な性格なんだが、話は聞いてもらえそうにない。


「この屈辱は晴らさなければならぬ」


 俺がゴブリンを個別認識できないのと同じで、魔物や精霊もよほどのことがない限り人という括りで見る。


 何が言いたいかというと、操っていたのは俺じゃないと伝えても、言葉だけでは理解されないということだ。


 セシール商会のヤツらと俺は同じ人という判断をされるため、復讐の対象となるだろう。


 じゃあ、ドライアドを殺せば問題はすべて解決するかといったら、悩ましいところだな。


 森の主である精霊が消滅したら、魔物は統率できずに暴れ回る。


 もしかしたら、今より状況は悪化するかもしれん。


「死ね」


 短い言葉を発すると、ドライアドの魔力が急上昇。


 足下からツタのようなものが何十本も伸びると絡まり合い、太い一本の槍になって向かってくる。


 物量的に受け流せるものではない。


 魔法を使う余裕すらないので、前に転がってやり過ごすと立ち上がる。


 顔を上げて正面を見る。


 行動を読まれていたみたいだ。


 目の前に細いツタが何本も迫ってきていた。


 足を動かそうとするが筋肉が思うように動かず、間に合わない。


 魔法か? それとも急所だけを避けて受けきるか?


 一瞬だが迷っている間に、赤い髪をなびかせて走るアデーレが視界に入った。


 ツタが俺に接触するまでに、すべてを斬り捨ててしまう。


「助かった!!」


 礼を言えば必ず喜ぶ仕草をするアデーレだったが、今は眉を釣り上げて怒っているように見える。


 魔力がコントロールできていないのか髪の毛がふんわりと浮かんでいるし、気のせいではないだろう。


「ジャック様……!」


「お、おう。何だ?」


 会話をするんじゃなく、ドライアドと戦って欲しいんだが。


 言い出せるような雰囲気ではない。


「なんで、あの女がいるんですか?」


 ユリアンヌのことを言っているのは間違いない。


 俺の命令に従ってないのがムカついているのか?


 こんな時に言い争う暇なんてないから、さっさと命令しよう。


「ヨン卿が戦えるようになったので、加勢にきてくれた。三人で戦うぞ」


「…………わかりました」


 アデーレを狙ったツタを斬り裂きながら、渋々と言った感じて返事をした。


 納得はしていないだろうが、反発するほどではない、か。


 ったく、もう少し仲良くしろよ。


「行くぞ」


 俺は気持ちを切り替えて、ドライアドに向かって走り出す。


 召喚魔法を使ったのか巨大なトレントが出現した。


 立ち止まると、葉のついた枝が目の前を通り過ぎる。


「私が倒します」


 アデーレが俺を追い抜くと、ヒュドラの双剣で枝を切り落としていく。


 毒まで流しているようで、傷口が変色していた。


 高速移動で相手を翻弄し、手数の多さを活かして攻撃しているためトレントは反撃できない。


 動くことすら許されず、すべてを削り取られている。


 俺には出来ない戦い方だ。


「流石アデーレだな。心強い」


「私も、あのぐらいなら出来ます」


 隣にまできたユリアンヌが頬を膨らませながら言った。


 戦っている状況でも張り合うなよ……。


 二人とも後でゆっくりと話し合う必要がありそうだが、今はこの関係を利用してやる。


「その言葉、お前の行動で証明してみろ」


 ヴァンパイア・ソードをユニコーンに向ける。


 ドライアドを守るのが使命とでも言いたそうに、ずっと隣にいて邪魔なのだ。


 武器の相性も悪くないだろうし、ユリアンヌに任せる判断をした。


「もちろんです! 旦那様、見ててくださいねっ!」


 好戦的な笑みを浮かべながら走り出した。


 絶対にアデーレに勝つという意思を感じる。


 いい感じに煽れたようだな。


 俺はドライアドと戦うので見てる暇なんてないんだが、あの様子だと分かってないだろう。

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