第88話 師匠ならできる! 俺の期待に応えてくれッ!

 しばらく奥に進み木々を通り抜けると、ちょっとした広場に出た。


 中心には一体の魔物がいる。


 緑と黄が混ざったドレスを着ており、長い緑色の髪は光沢を放っていて美しい。


 やや幼い顔立ちは庇護欲を掻き立てる。


 この姿は見覚えがあった。


 木の精霊とも呼ばれるドライアドだ。


『悪徳貴族の生存戦略』では森の支配者として登場する魔物で、気にいった男を見つけたら誘拐する、執着心の塊のような存在である。


 自然を破壊するような存在には、手下である魔物を引き連れて襲ってくるおっかない魔物としても有名で、森で雑魚狩りをしていたらドライアドの怒りを買って全滅。


 なんてパターンは、何回か経験したことがある。


 自然さえ傷つけなけれえば大人しいのだが、今は俺やアデーレに敵をむき出しにしていた。


 原因は、ドライアドの首についている奴隷の首輪だろう。


 ヨン卿が言っていた森の主は、ドライアドで確定だな。


 奴隷の首輪から三本の鎖が伸びていて、三体の人型の影が持っている。


 鎖には赤い模様が浮き上がっており、何らかの魔法的効果を発揮していることが分かった。


 近くに黒い水晶を持って操作している人がいるはずなのだが、木々の中に隠れているようで見える範囲にはいない。


「森を荒らす人よ、死ぬが良い」


 見た目には不釣り合いな大人びた冷たい声で、ドライアドが死を宣告した。


 森の奥から角の生えた白馬――ユニコーンやゴブリン、さらにはオーガや人食い鳥が広場に集まってきた。


 数え切れないほどいる。


「どうします?」


 ドライアドを倒せば第四村への襲撃はとまるが、俺たちは魔物に圧殺されるだろう。


 また森の主であるドライアドを殺してしまえば、その後、魔物がどう動くか分からない。


 最悪、第四村への襲撃が激しくなる可能性すらあるので、やるべきことは魔物討伐ではなく、領地を荒らす不届き者の処分だ。


「俺が魔物の群れに突っ込む。アデーレは人型の影の術者を探し、処分してくれ」


「危険ですっ!!」


 囮役をやると言ったら、流石のアデーレも止めるか。


 回復機能のあるヴァンパイア・ソードを使えば長く戦っていられるので、その隙に敵を発見、排除してもらう作戦が、もっとも生存率が高いと思うんだがな。


 どうやら理解してもらえないらしい。


「俺は最強の師匠に鍛えてもらった弟子だ。この程度の数で、負けるわけないだろ」


 自信があると見えるように笑って見せたのだが、あまり効果はなかったようだ。


 アデーレの瞳はずっと不安でゆれている。


 言葉では納得してもらえそうにない。


「もう、俺は弱くないぞ!」


 だから行動で示すことにした。


 近づいてきたゴブリンどもに向けて、ヴァンパイア・ソードを横に振るった。


 切れ味が鋭いこともあって、三匹まとめて斬り捨てると、後続のゴブリンに向けて突きを放つ。


 頭蓋骨を貫通して刺さったので、剣を振って投げ捨てる。


 俺を襲おうとして近づくオーガに当たった。


「どうだ! 俺は弱くないだろッ!!」


 双剣術を学んでいたのでロングソードには慣れていないが、そんな姿は絶対に見せない。


 最強キャラクターに鍛えられた俺も最強である。


 それを証明してやらなければ、アデーレは動けないからな。


「ジャック様!」


「俺の名前を呼ぶ暇があるなら動け!」


「でも!」


「師匠なら出来る! 間に合う! 俺を失望させるな!」


 残念ながらこれ以上、喋る余裕はなさそうだ。


 左右にはオーガ、正面にはトレントがいる。


 囲まれてしまったのだ。


 無傷で切り抜けるのは不可能と判断して、前に飛び込んだ。


 背後からオーガの振り下ろした木の棍棒が、地面と衝突する音が聞こえた。


 正面から、槍のように先端の尖った枝が迫ってきたので、体をひねってかわそうとするが、左肩を貫かれてしまう。


 ヴァンパイア・ソードで枝を切り落としてから、一歩前に踏み込んで上段から振り下ろす。


 トレントは残っている枝で防ごうとしたが、その程度で止められるほど、この剣は甘くない。


 枝ごと幹を縦に両断した。


 刀身に魔力を流していたが、トレントから血は吸収できず、肩に空いた穴は健在だ。


 痛みに耐えながら振り返ると、オーガが木の棍棒を横に振るう。


 トレントの残骸が残っているので、後ろには避けられない。


 跳躍すれば、もう一体のオーガが空中にいる間に攻撃してくるだろう。


『シャドウ・ウォーク』


 魔法を使って自分の影に沈み、棍棒を振るっていたオーガの背後に浮かび上がるのと同時に、ヴァンパイア・ソードを突き刺す。


 刀身に彫られた溝が、ドクドクと脈動して血を吸い上げる。


 緑色の花が咲くのと同時に肩の傷が癒えていく。


 ヴァンパイア・ソードが俺の意識を吸血衝動で埋め尽くそうとするが、気合いで弾き飛ばす。


 こちとら、伊達に悪役なんてやってないんだよ!


 呪い程度に負けてたまるかッ!


 血を吸い尽くされて干からびたオーガからヴァンパイア・ソードを抜く。


 頭上に棍棒が近づいてきたので、横に飛んで回避。


 生き残っていたオーガの腕に突き刺すと再び吸血を行う。


 傷が浅かったので少ししか吸えなかったが、未知なる攻撃をされて警戒したようで、俺から離れた。


 ようやく一息つける。


 アデーレがいたところを見たら姿はなかった。


 ようやく覚悟を決めてくれたみたいだ。


 ちゃんと人型の影の術者を探し出してくれよ。


 迫り来る人食い鳥の群れを見ながら、そんなことを思っていた。

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