第74話 何か見つかったのか?

 すぐに俺の兵が五人ほど現場にやってきたので、人食い鳥の後処理を任せて森の中へ入った。


 先頭はグイントで、10メートル先を歩いている。


 足跡や木についた傷、または音を聞いて周囲の情報を集めているので、俺たちが近くにいると邪魔してしまうのだ。


 だから仕方がないことではあるのだが、アデーレとユリアンヌに挟まれて、非常に居心地のわるい状況が続いている。


「アデーレは、私の旦那様に近づきすぎでは? 戦いにくいではありませんか」


「ご心配なく。ジャック様を護衛するのに、ちょうど良い距離なんです。ユリアンヌ様は護衛対象外なので、離れてもらえませんか?」


「私も旦那様を守るためにいるので、その話は聞けませんね」


 俺を挟んで言い合いをしている。


 今までの経緯から、アデーレが俺のことを慕ってくれるのは分かる。


 だが、家のために婚約したユリアンヌの態度や思考が分からん。


 嫌われるよりかは好かれていた方が良いのだが、何がきっかけで変わったんだ?


 相手の考えが分からないというのは怖い。


 ゲームにも登場しなかったので、設定から性格や好みを推測することもできん。


 女の揉め事に巻き込まれて死ぬなんて未来は、ごめんだぞ。


「二人とも、ここがどこなのか忘れたのか? 死にたくなければ、真面目にやれ」


 冗談ではなく本気で怒っていることが伝わったようで、アデーレとユリアンヌはピタリと、口論を止めた。


 密着していた体を離して、アデーレは俺の後ろに移動した。


 ユリアンヌは俺との距離が1メートルほどであったが、今は5メートルぐらい離れている。


 これでようやく、当初の計画していた通りの隊列になったな。


 体力を温存するために無言で進む。


 倒れた木を乗り越え、邪魔な枝を双剣で切り落とし、流れ落ちる汗を袖で拭う。


 背中の荷袋にヒュドラの双剣をしまっていることもあって、いつもより疲れやすいように感じる。


 森の中は魔物で溢れかえっていると思っていたのだが、今のところ遭遇していない。


 グイントの案内が優秀なのか、それとも何か別の原因があるのか……?


 と、考え事をしながら歩いていたら、グイントが立ち止まった。


 俺たちも足を止める。


 急に目の前にいるグイントの気配が薄くなり、草むらの中に消えていった。


「旦那様、これ――」


 話しかけてきたユリアンヌの唇に人差し指を当てて、黙れと伝える。


 ポンッ! と、音が鳴ったんじゃないかって錯覚するほど、瞬時に顔が真っ赤になった。


 今はおしゃべりの時間ではないので、指摘はしない。


 俺は武器を手に持ち、周囲に動きがないか警戒しながら、グイントの帰りを待つ。


 風が吹いて葉が揺れた。


 変化に対して敏感になっていることもあって、緊張感が高まっていく。


 今すぐにでも魔物が襲ってくるのではないかと、嫌な妄想が広がっていき……背後から声がした。


「ジャック様」


 不意打ちだったので、体がビクッとしてしまった。


 慌てて後ろを向くと、一見すると女に見えるグイントの姿がある。


 気配を全く感じなかったので、簡単に背後を取られてしまった。


 斥候だけでなく、暗殺者としての素養もありそうだ。


「何か見つかったのか?」


 不意を突かれたと気づかれないように、冷静な姿を装って質問をした。


「森の奥に遺跡のようなものがありました。どうしますか?」


『悪徳貴族の生存戦略』をプレイしていたとき、第四村は魔物を狩るフィールドとして使っていただけで、遺跡というものは背景でしかなかった。


 中には入れず、荒廃した雰囲気を出すためだけに用意された、イラストだったのだ。


 恐らく、セラビミアなら遺跡の詳細を知っているだろうが、プレイヤーでしかない俺には、分からん。


 安全が確認できれば休憩所としても使えそうだし、とりあえず調べてみよう。


「グイントは、罠の感知や解除もできるか?」


「もちろんです」


「なら、行くぞ」


 アデーレとユリアンヌから反対意見はでなかった。


 移動を再開すると、すぐに遺跡らしき場所にたどり着く。


 石を積み上げて作り上げられたであろう建物は、半壊しており、周囲に瓦礫が散らばっている。


 遺跡の中から天井を突き抜けるほど大きく育った木が見え、また外壁の半分以上は緑の苔に覆われていて、不気味な雰囲気を出していた。


 深夜に発見していたら、怖くて中に入るのを中断していたかもしれん。


「これを見て下さい」


 しゃがんで地面を触っているグイントが言った。


 何を見つけたのか気になって、膝をつけて目をこらしてみる。


「小さな窪みだな……足跡か?」


「正解です。しかも、人のものです」


「何時のだ?」


「最近ですね。数時間、長くても一日ぐらいしか経過していないかと」


 魔物の襲撃が始まってから、誰も森には入っていない。


 ゴブリンやオークなどの人型魔物ではなく人であるのなら、俺たちの知らない第三者が、存在することにつながる。


「そういえば……レッサー・アースドラゴンを引き渡していた犯人が、分かってなかったな」


 最初は、セラビミアが俺を試すためにリザードマンと取引していたと思っていたんだが、そんな回りくどいことをするような女ではない。


 犯人は別にいたのかもしれないと、足跡を見て思い始めていた。


「敵がいるかもしれないんですね」


 ギリッと、歯を強くかんだ音が聞こえた。


 鼻にシワを寄せ、歯をむき出しにしているアデーレの姿が見えた。 

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