第73話 い、愛しい……だと!?

「クェェェエエエエッ!!」


 人食い鳥が上を向いて鳴いた。


 見た目を一言でまとめるなら、トサカのないデカい鶏だ。


 全長は3メートル前後だろうか、レッサー・アースドラゴンよりも一回り小さい感じがする。


 全身は柔らかそうな赤い羽毛で覆われていて、クチバシだけは銀色に光っている。


 走っているが、そこまでのスピードではない。


 人間と同じぐらい――なッ!!


 前触れもなく走るスピードが上がり、迎撃するタイミングを逸してしまう。


 頭上にクチバシが迫ってくる。


 双剣を前に出して受け止めると、強い衝撃が全身に伝わる。


 威力はレッサー・アースドラゴンほどではないので、剣を落とすことも、手がしびれることもない。


 耐えきったと思ったのだが、二度、三度と、連続してクチバシで突いてくる。


 攻撃の間隔が短いため動くことは出来ず、耐えるだけだ。


 反撃する隙が見当たらん。


 とはいえピンチという訳ではなく、囮役として仕事をしているだけなので、問題はないのだが。


「はぁぁぁあああ!」


 魔力で身体能力を強化したアデーレが、高く跳躍した。


 紅い双剣が人食い鳥の首に当たる。


 柔らかい羽毛は刃の通りを悪くする効果があるのだが、最強キャラには関係なかったようだ。


 首の半分ほどまで斬ってしまう。


 もし武器の性能が良ければ、両断できていただろう。


「グエエエエェェェ」


 痛みに耐えられず、人食い鳥は俺への攻撃を中断して、地面を転がった。


 巻き込まれる前にアデーレは離れて、俺の隣に立つ。


「大丈夫でしたか?」


「もちろんだ。助かったぞ」


 俺だけでは羽毛を突破できるか怪しかったので、アデーレの攻撃は助かった。


 人食い鳥が落ち着くのを待っていると、近づいてきたユリアンヌが話しかけてくる。


「次は、私が攻撃します」


 やたらと気合いが入っているようで、人食い鳥を見る目は鋭い。


 全身から殺気が漏れ出していて、理由なく拒否して良い雰囲気ではなかった。


「気をつけろよ」


「愛しい旦那様に、私の実力をお見せしますからッ!!」


 い、愛しい……だと!?


 旦那様と呼ばれるのを無視していたら、なんか重くなったぞッ!


 アデーレは凄い形相で睨んできたので、首を横に振る。


 何を否定したかなんて、俺は分かっていない。


 だが、否定しないとマズイという直感だけが働いて、行動に出たのだ。


「行ってまいりますッ!!」


 何か言おうとしたら、ユリアンヌは飛び出してしまった。


 ようやく立ち上がった人食い鳥の目に向けて、槍を突き出す。


 首が半分切断されているからか、避けることは出来ずに右目が貫かれた。


 ユリアンヌは槍を手放すと、腰にぶら下げていた剣を鞘から抜く。


 すぐには攻撃しない。


 戦闘経験が浅いと、勝利を焦って攻撃しそうなところだが、ユリアンヌは人食い鳥の様子を冷静に見ている。


 血を流しすぎてしまったようで、動きが鈍り始めた。


 二本の足で立っているのだが、フラフラとしていて安定感がない。


 放置してても倒せそうだが、レッサー・アースドラゴンのように、隠し球があるかもしれん。


 同じことを考えたのか分からんが、ユリアンヌは止めを刺すために跳躍すると、人食い鳥の背中に乗った。


「はぁああああ!!」


 勇ましい声と共にアデーレが傷つけた場所をなぞるようにして、刀身を滑り込ませる。


 ボトッと、重い音と共に人食い鳥の頭が落ちる。


 血が噴水のように噴き出した。


 周辺の地面を赤く染める。


 人食い鳥から飛び降りて、地面に立つユリアンヌは、俺をじーっと見ていた。


 ……もしかして、もしかしてだが、アデーレと張り合っているのか?


 強いでしょ、褒めて! と、アピールしているのかもしれん。


 クソ、面倒な女だ。


 言葉にしろよ。


 何のために口があると思ってるんだ。


「ヨン卿の教育は正しかったようだな。俺の背中を任せられるほどの実力を、持っている」


 意外と俺は女心が分かっているようで、言葉選びは間違ってなかった。


 ユリアンヌは満足そうに笑ってる。


 その代わり、隣にいるアデーレは不満そうにしているので、こちらもフォローしなければならん。


 二人とも、勇者セラビミア対策に必要な人材なのだ。


「もちろん、アデーレも強いぞ。いつも頼りにしている」


 犬をあやすような感覚で頭を撫でる。


 気持ちよさそうに目を閉じたので、しばらく続けるか。


 追加の魔物がこないか警戒しているグイントに声をかける。


「ルートヴィヒに、人食い鳥のクチバシと羽毛を回収しろと、伝えてきてくれ」


「行ってきます!」


 裏表のない無邪気な笑顔で、グイントは走っていった。


 斥候だから必要だと思っていたが、癒やし枠としても活躍してくれそうである。


 仲間にして良かった……。


 アデーレとユリアンヌは睨み合っているので、あえて触れずに休んでいる冒険者どもに声をかける。


「我々が倒したのだ。人食い鳥の素材は、すべてもらうぞ」


 魔物の素材は、倒した者が手に入れるルールとなっている。


 もちろん例外はいくつもあって、複数のパーティが合同で倒した場合や冒険者ギルド主催の依頼などは、後で平等に分配するパターンになる。


 他にも助っ人で参加した冒険者には、金だけを支払って終わる場合もあるのだが、今回は例外には当たらない。


 俺が領主だと分かっているからなのか、文句を言ってくるようなヤツはいなかった。


 第四村での戦いは、戦闘経験を積んで魔力を貯蔵する臓器を鍛え、さらに金まで稼げそうであった。

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