第63話 メイドに手を出しているか知りたかっただけよ

 私――ユリアンヌは、飾り気のない廊下を歩いている。


 前には獣人のメイドがいて、部屋まで案内してくれるようだ。


 足運びや重心の移動からして、武術を学んでいることが分かった。


 恐らくだが、ジラール男爵の護衛も兼ねているのだろう。


「はぁ……」


 個人としては望まない婚約が決まったので、ため息を吐いてしまった。


 小さい頃から理想の旦那様は、私と一緒に敵と戦ってくれる男性だった。


 父様の影響もあって強い人に惹かれるのだ。


 剣ダコのある、ごつごつとした手を触るだけで幸せになるほどなんだけど、ジラール男爵は……どうだろう? 正直、私はあまり期待していないかな。


 戦えるとはいっても騎士ほどではないだろうし、一緒に魔物と戦い、助け合う未来なんて想像できない。


 本当は婚約なんてしたくなかった……と、これ以上の文句を言ったら家族に迷惑をかけてしまう。


 せっかく、父が見つけてくれた相手なのだから、妥協も必要だよねと言い聞かせる。


 これからも魔物と戦うことを許してくれたんだし、家のために婚約者や目の前にいるメイドと仲良くするのも悪くはない……かな。


「貴方はジラール家に仕えてから長いの?」


 メイドと仲良くなるため、質問をしてみた。


 特に深い意味はない。


「いえ。数か月ぐらいです」


「最近なのね。お仕事は大変?」


「好きなことをさせてもらっているので、楽しいですよ」


 嘘をついているようには聞こえず、意外な回答だった。


 悪名高いジラール家は、家臣への扱いも酷いとの噂が出回っている。


 メイドなんて手を出されてはゴミのように捨てられるとの話で、誰もなりたがらなかったらしいのだが、実態は随分と違うみたいね。


「私を認めてくれた方に尽くす。これ以上の喜びはありませんから」


 嬉しそうに尻尾を振っていた。


 獣人は耳や尻尾に感情が出るので、分かりやすい。


 先ほどの発言は嘘でないと思えるし、随分と慕っているようだ。


 婚約者になる私に対して、主人への愛情を隠そうとしていない。


 メイドは愛人なのかな?


「楽しそうだけど、貴方は夜のお相手もしてもらっているのかしらね」


 前を歩いているメイドの足が止まった。


 振り返り、私を見る。


「何が言いたいのですか?」


 私を見るエメラルドグリーンの瞳は冷たい。


 この反応は、私の想像が間違っていると証明していた。


「婚約者となる相手が、メイドに手を出しているか知りたかっただけよ」


「であれば、違います。ジャック様を、そこら辺にいる男と同じだと思わないでください」


「そうね……変な勘ぐりをしてしまって申し訳なかったわ」


 どんな扱いをすれば、ここまで主人に心酔できるメイドが誕生するのだろう。


 父様が仕えているデュラーク男爵のメイドと何度か会ったことはけど、忠誠心が高い人はいなかった。


 皆、仕事だと割り切って働いている。


 可笑しな話だけど、人としての器はジラール男爵の方が上なのかもしれない。


「……お部屋にご案内します」


 仮にも主人の婚約者が謝ったというのに無視、ね。


 メイドは無言で案内を再開した。


「噂とは違って、まともな貴族……なんで私との婚約が成立したんだろう」


 立ったまま、思いついたことをつぶやいた。


 大した歓迎をされてなかったので、会う前から嫌われていると思っていたのに。


 だから、騎士らしく振る舞いたいと言えば、婚約の話はなくなると思ったけど……なぜか受け入れられてしまった。


 傷に対して、侮蔑の感情はなかったように思える。


 第四村で戦いたいと言えば、快諾するだけでなく部下として使える兵まで用意してくれたのだから不思議ね。


 家に入って俺を支えろ、なんて考えはないみたい。


 貴族として異端すぎる。


 だからほかの女性ではなく、私と婚約したのかな?


 メイドとの距離が離れてしまったので、思考を中断して慌てて追いかけていると、荷物を置いていた部屋に着く。


 私たちは中に入ると、メイドに助けてもらいながらブレスプレートなどの装備を身につけて、腰にショートソードを差す。


 最後に頼もしい相棒である片刃の槍を持つと、準備が終わった。


「私はどこに行けば良いかしら?」


「エントランスにご案内いたします」


 婚約者を待たせるのに相応しい場所とは思えないけど、文句を言うつもりはない。


 しばらくは嫌われないように動くとしよう。


 機嫌の悪そうなメイドに連れられて、部屋を出ることにした。


◇ ◇ ◇


 婚約についての契約が終わると、ヨンには客間に戻ってもらった。


 後はケヴィンが対応する予定で、案内を任せている。


 執務室に残った俺は、グイントを執務室に呼びつけると、第四村に行くための準備を進めている。


「部下から調査結果をもらった。お前の祖父は第四村にいるようだ。一緒に来てくれるよな?」


「は、はい!」


 事前に魔物が襲撃しているとも伝えているが、答えは変わらないようだ。


 革鎧とショートソードという貧素な装備ではあるが、戦う覚悟もあるみたいで安心する。


「だが、勝手に動くことは許さない。俺と一緒に魔物討伐もしてもらうぞ」


「もちろんです」


 第四村の危機ということもあって、グイントは素直に返事をした。


「いい返事だ」


 鎧を身につけ、腰に双剣をぶら下げた。


 こいつらは普通の金属で作られていて、ヒュドラの双剣は荷袋にしまっている。


 準備が終わったのでルミエを見た。


「屋敷に残す兵は二人だけだ。他は全員つれていく。屋敷を襲うバカはいないだろうが、気をつけろよ」


「かしこまりました」


 俺のいない間に何をするか分からないので、重要な書類はすべて鍵付きの金庫にしまっている。


 紛失や改ざんといった心配は、しなくても良いだろう。


 人の出入りについては兵にチェックさせているので、密会も不可能である。




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予約を間違えて早めに更新してしまいました。8日分の話です。

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