第52話 いいだろう。慎重に動けよ。

「ゴブリンは他にもいる。先に行くぞ」


 再び俺たちは下水道を歩き始めた。


 死体は後で、清掃を任せた冒険者が処理するので問題ない。


 隊列は少し変わって、俺が先頭だ。


 数人の兵が俺の前に出ようとしたが、俺がゴブリンを探して戦うとわがままを言って止めた。


 このままグイントがいるであろう場所に、誘導する予定である。


 数メートル先は真っ暗な通路を、羊皮紙に簡易地図を書き込みながら進んでいく。


 ゲーム内のマップと同じ構造だと思っていたのだが、現実はもう少し複雑化している。


 俺がゲーム製作者だったら、自分が至らなかった部分を指摘、修正されているように感じていたかもな。


 目的地はもうすぐというところで、目の前にゴブリンが一匹出現した。


 警戒して進んでいたのだが先には気づけず、ハンドサインをする余裕もなく奇襲を許してしまう。


 後ろには兵がいるので距離は取れない。


 ヒュドラの双剣を縦に構えて、目の前に迫った鉄の棒を受け流す。


「ゴブリンだ!」


 叫ぶのと同時に大きく一歩前に出てからゴブリンの腹に向けて蹴りを放つ。


 アデーレと毎日のように鍛錬していた効果もあって、素の力でも容易に吹き飛ばす威力があった。


 鉄の棒を手放したゴブリンは、通路を転がって下水に落ちる。


 そのまま溺死してくれれば良かったんだが、願い叶わず立ち上がりやがった。


 水深は浅いため、ゴブリンの腰までが下水につかっている状況だ。


 頭や肩には、汚物や何かの死がいが付着していて、見ているだけで病気になりそうである。


 そりゃぁ、伝染病が蔓延するはずだよ!


『シャドウバインド』


 水面にあるゴブリンの影が上半身を絡め取る。


「いまだ! 攻撃しろ!」


 絶対に近寄りたくないので、ルートヴィヒたちに任せることにした。


 急に命令を出されて戸惑うかと思ったのだが、意外にも動きに迷いはない。


 左右に別れた兵は、ゴブリンに次々とショートソードを刺して殺した。


 直接俺が手を下したわけではないが、魔力貯蔵の臓器は少し強化されたはず。


 現当主が病に倒れるわけにはいかないんだし、今回はこれで良しとしておこう。


「よくやった」


 ヒュドラの双剣をしまって小さく拍手する。


 汚物まみれのゴブリンを倒してくれたのだから、このぐらいは褒めてやろうじゃないか。


「止まっている標的を倒すなら、誰でも出来ますから」


 薄暗くてわかりにくいが、褒められたルートヴィヒたちは照れくさそうにしている。


 音を聞きつけてゴブリンが集まってくれればと期待したのだが、追加はなかった。


「行くぞ」


 お互いにケガがないことだけを確認すると、死体を放置して出発する。


 ゴブリンの形跡を調べていると見せかけつつ、複雑な通路を行ったり来たりして目的の場所に兵を誘導した。


 目の前には壁がある。


「行き止まりみたいですね。ジラール様、戻りましょう」


「待て」


 後ろにいるルートヴィヒの提案を却下した。


 この先に盗賊の拠点があるのだ。


 帰るわけにはいかない。


 腰に付けていたランタンを手に取ると、しゃがんで壁を照らす。


「ここに、怪しい出っ張りがあるぞ」


 ゲーム内では、盗賊団が時間をかけて作ったと説明していた、隠しドアを開くスイッチだ。


 押してみると、壁の一部が動いて奥へ進めるようになる。


「ゴブリンが作れるとは思えない。人がやったのだろう」


「ジラール様……」


 下水道に住むゴブリンを討伐するだけの仕事だと思っていたら、隠しドアを作る謎の集団を発見したんだ。


 困惑して当然だろう。


 もしかしたら、引き返して人数を増やしてから突入しましょうなどと言ってくるかもしれないので、先に手を打っておくか。


「間抜けなやつらじゃなければ、向こうに隠しドアを開いたと伝わったはずだ。逃げられる前に相手の正体を探るぞ」


 ゲームだと隠しドアを開いても敵は気づかなかったので、このまま逃げ帰っても問題はないけどな。


「わかりました。危険なのでジラール様は下がってもらえませんか?」


「いいだろう。慎重に動けよ」


 ここでわがままを言ってしまえば、ルートヴィヒが頼りないと言っているようなものだ。


 お前たちを信頼していると伝える意味でも、今回は素直に従った。


「アントン、気配を殺して先行しろ。俺たちは後をついていく」


「承知しました! 行ってまいります」


 下水道に入ったとき、先頭を歩いていた兵が一人で奥に進んでいった。


 あいつ、アントンって名前だったんだな。


 トラップを気にして床や壁、天井を確認しながらゆっくりと進み、突き当たりに着く。


 左側に通路があるので壁に張り付いて、覗き込んで様子を見る。


 拳を握ったまま右手を挙げた。


 あれは安全を確認した合図である。


「行きましょう」


 兵に囲まれながらルートヴィヒの後をついていく。


 距離が近づくと、アントンは合流せず先に行った。


 俺は突き当たりに着いたので、左側にある通路を覗き込む。


 奥には木製のドアがあり、門番は喉から血を流して椅子に座りながら絶命していた。


 アントンがショートソードで突き殺したのだろう。


 怪しいヤツを生かす必要は無いとの判断したようで、なかなか冷徹な判断をするな。


 今は門番の体を漁っているので鍵を探しているのだろう。


 しばらく離れて待っていると、アントンが戻ってきた。


「身分を証明する物はありませんでしたが、鍵は手に入れました」


 どうしますか? と、言いたそうな目でルートヴィヒが俺を見た。


「人質にする必要は無い。全員殺せ」


 俺が許可を出すと、兵たちから殺意がぶわっと出た。


 やる気は充分。


 負ける要素はないだろう。


「突入はどうしましょうか?」


「ルートヴィヒに任せる」


 といったら嬉しそうな顔をしていた。


 俺は別の用事があるので、数歩後ろに下がって様子を見ることにする。


「アントンはドアを開ける役だ。中が見えたら一斉に入るぞ」


「突入の先頭は、私に任せて下さい」


 アントンが活躍しているのを見てライバル心が刺激されたのか、名も知らない兵が名乗り出た。


 見た目からして15ぐらいだろうか、若いな。


「いいだろう。死ぬなよ」


「もちろんです!」


 選ばれて嬉しかったのだろう。


 若い兵は満面の笑みを浮かべて返事をすると、ドアのトラップを調べているアントンの所にまで行った。

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