第50話 だが強くなれる

 熟睡できたので気分よく目覚めた。


 今日はアデーレが慣れない手つきで着替えを手伝ってくている。


 剣術の師匠だけではなく常に警護できるようにと、メイドの基礎的な仕事を学んでいるのだ。


 すべては勇者セラビミアの影響による変化である。


 ルミエは近くで俺たちの様子を眺めていて、不手際があれば指摘できる準備をしていた。


「俺たちは弱く、二人がかりでもセラビミアには勝てない」


 俺の背後に回って上着を着せようとしてるアデーレに言った。


 予めわかっていたことだが、戦闘能力に圧倒的な差があり何度戦っても勝てるイメージがわかない。


 もしかしたら俺より先に前世を取り戻して、効率よく訓練していたかもしれないな。


 だとしたら今回の結果に納得がいく。


 恐らく、色んな仕込みが終わっている状況だろう。


 危機感はさらに高まっていくな。


 普通なら負けを認めてセラビミアに大人しく従うべきなのかもしれない。


 だが俺は、そんなことは絶対にしないぞ。


 ジラール領は俺の物だ。


 力で奪い取ろうとするのであれば、徹底的に排除してやる。


「だが俺たちは強くなれる。死ぬ気で努力すれば逆転できるだろう」


 魔物や人と戦って強くなり、セラビミアに近づく。


 それだけじゃ足りないだろうから、仲間だって増やそう。


 もちろん、裏切る心配の少ないヤツらを狙ってな。


 バカなことにセラビミアは俺に時間を与えたのだ。


 その余裕が命取りになることを教えてやる。


「もちろんです。もう、ジャック様の足手まといにはなりません。絶対に勝ちます」


 決意のこもった力強い声だった。


 アデーレは人質に取られたこともあって、俺よりも決意は固そうである。


 元々、裏切る心配は少なかったが、さらに可能性は下がったと言えるだろう。


 この点についてはセラビミアに感謝してもいいかもな。


「もちろんだ。絶対に勝つ」


 勇者と戦うなんて不穏な会話をしていたこともあって、ルミエは不安そうな表情をしていた。


 これは狙い通りである。


 危ない情報を共有したとき、どう動くのか確かめるの予定なのだ。


 監視役はメイド見習いをしているアデーレである。


 今回の下水道探索には連れて行かず、俺が不在の間に裏切るような素振りを見せるヤツがいないか、調べる仕事を任せていた。


 服を着替え終わると、今度は装備を身につけていく。


 貴族に相応しいミスリル製のブレストアーマーやガントレット、ブーツを身につけ、左右の腰にヒュドラの双剣をぶら下げる。


 とぐろを巻いた蛇の家紋がついたマントを付けると、準備は完了だ。


「行くぞ」


 ルミエがドアを開けたので寝室を出る。


 廊下を歩いて一階の玄関にまで行くと、兵が十名並んでいた。


 こいつらが下水道を探索するメンバーだ。


 兵の指揮は兵長であるルートヴィヒに任せると決めている。


 少しでも実戦経験を積んでもらい、強くなってもらうための計画だ。


「お待ちしておりました!」


 ルートヴィヒが大声で言うと、全員が胸に手を当てて敬礼をした。


 一糸乱れぬ動きだ。


 少し前まで訓練をサボっていたとは思えないほど、洗練されている。


 第三村での戦いを乗り越えて、兵たちは自分らが何を守らなければいけないのか、わかってやる気が出たのかもしれない。


「お前たち、仕事内容は理解しているか?」


「もちろんでございます!」


 返事をしたのは、兵の代表者であるルートヴィヒだ。


「言ってみろ」


「下水道を住処にしたゴブリンの討伐でございます! 数はおよそ二十。全滅したと思われるまで探索を続ける予定です!」


「よろしい。よくわかっているじゃないか」


 ゴブリンの他に盗賊団の住処もあるんだが、未発見なのでこの場では言わない。


 現場で見つけて退治するというシナリオを考えている。


 グイントは盗賊団に捕まっているので、領主自らが救出して信頼を得る作戦だ。


 緑の風のように強いキャラクターではなかったので、セラビミアは手を出していないはず。


 もしヤツも取られていたら、その時は別の作戦を考えるまでだ。


「ありがとうございます!」


 褒めるとルートヴィヒが礼を言ったので、軽くうなずく。


 兵を一人一人見てから口を開いた。


「お前達が勝手に死ぬことは許さない! わかったな!」


「はい!」


 いい返事だった。


 俺に従順な兵がいるのは、非常に気分がよい。


 思わず口元が緩んでしまった。


「出発だ! 付いてこい!」


 屋敷を出て俺だけが馬車に乗る。


 兵たちは歩きだ。


 庭を突き進み鉄門を通り抜けて町に出る。


 しばらくして町外れの下水道入り口に着いた。


 日本はマンホールから入れたが、ここではトンネルのような場所から入ることとなるのだ。


 入り口に天幕を設置して、しばらく滞在が出来るようにすると、ルートヴィヒを中心に兵たちが侵入する準備を進める。


 口と鼻を覆い隠す布を結びつけて、腰には魔石で動くランタンをぶら下げた。


 さらには水袋と携帯食料、打撲にきく五級のポーションも持つと俺に話しかけてくる。


「準備は終わりました。ジラール様、入りますか?」


「もちろんだ」


 許可を出すと兵が隊列を組む。


 先頭は名も知らない兵で、俺と指揮官のルートヴィヒは列の中心にいる。


 前後から守られるような形になっていた。


 ようやくサブクエに挑戦できるな。


 戦闘能力の底上げと仲間集めを同時に達成して、贅沢な暮らしに向かって一歩前進しようじゃないか。

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