第49話 俺は俺のためにだけ生きる

 ケヴィンと婚約者の話をした日の夜、俺はベッドの上で攻略メモを読んでいた。


 斥候キャラのグイントは、下水道の一部をアジトとして使っている盗賊団に囚われている。


 アデーレのように死ぬ日が決まっているキャラではないので、今も生きているのか不明ではあるが、ゲームよりも早めに動いているので大丈夫だろう。


 盗賊団は重税から逃げ出した次男や三男が主な構成員で、空き巣や旅人を脅して金を手に入れている小物たちだ。


 放置すれば治安を乱すし、かといって捕まえても金にはならない。


 今までは優先度が低くて後回しにしていたのだが、ようやく着手できる。


「残った問題はグイントを仲間にできるか、だな」


 彼は盗賊団から救出して仲良くなった後、悩みを解決すると仲間になってくれる。


 しかし、この悩みというのが厄介なのだ。


 ゲームでは30種類も用意されていて、ランダムで一つが選ばれるようなシステムだった。


 最悪の悩みを選んでしまった場合、解決まで一年かかることもあるので、グイントの獲得に時間がかかるようであれば、別の案を用意しなければいけないだろう。


「ジャック様」


 今後の予定を考えていたらドアがノックされた。


 声からしてルミエだと、すぐにわかる。


「入れ」


 メモをベッドに置いてから入室の許可を出した。


「失礼いたします」


 ドアが開いてルミエが中に入ってくる。


 いつもより表情は硬い気がした。


「何の用だ?」


「……ご婚約者について、お話があります」


 そういえばゲーム内だと、ルミエが側室や妾になるルートがあったのを思い出した。


 正妻を娶った後、側室を選ぶのか、それとも選ばないのか、そういったことが気になっているのかもしれない。


「領地の問題が片付いてないのに、なぜ、このタイミングなのでしょうか?」


「ケヴィンがうるさいからだ」


 前世の妻には裏切られたので、本当は結婚なんてしたくはない。


 だが貴族の義務として子供を作る必要はあり、相手は貴族階級の身分でなければ周囲が納得しないのだ。


 家臣の裏切りフラグが立つ可能性もあるので、仕方なく話を進めているのである。


「確かにその通りですね。ケヴィンは奥様を早く見つけるんだと、意気込んでおりました」


 そんな頑張らなくていいのだが……。


 正直、ずっと一人でいたい気持ちが強いので、ケヴィンの動きは邪魔に感じてしまう。


「どうせ愛のない政略結婚なんだ。子供が一人できたら、お互い別々に暮らして顔を合わせない生活でもしておくさ」


 養子と言ってしまえば周囲が俺の考えを疑いそうなので、子供を作る意思はあるとアピールした。


 実際に結婚をしたらすぐに別居する予定である。


 食事だって別々にする。


 それほど結婚相手には何も求めてないので、婚約者が決まっても俺の生活は変わらないだろう。


「徹底されておりますね。それほどまで、結婚は嫌なのでしょうか?」


 随分と突っ込んで聞いてくるな。


 やはり側室ルートの存在が影響しているのだろうか。


 アプローチされても面倒なので、はっきりと言っておこう。


「嫌だな。面倒なだけだ。俺は俺のためにだけ生きる」


 だから贅沢な暮らしも俺が独り占めするのだ。


 セラビミアが一緒に楽園を作ろうと言ってきたが、魅力に感じなかった理由もそこにある。


「そこは変わってないんですね」


 何故かルミエは微笑んでいた。


 普通は自分勝手な人間だと感じて、評価が下がるところじゃないのかよ。


「話は終わりか? 俺はもう寝るぞ」


「お話に付き合っていただき、ありがとうございました」


 用事はなく、話したかっただけ。


 貴族と平民の関係を考えればあり得ないことではあるが、ルミエは小さい頃からずっと一緒にいるので、この程度のことは許容するべきだろう。


 頭を下げてからルミエが部屋をで行ったので、枕元にある明かりを消すと寝ることにした。


◇ ◇ ◇


 薄暗い廊下を一人出歩きながら、先ほどまで会っていたジャック様のことを思い出します。


 勇者セラビミア様の来訪があってから、ジャック様は大きく変わってしまったように感じていました。


 毒から目覚めたとき以上の変化ですね。


 アデーレさんとの稽古は激さが増していくばかりで、生傷が絶えません。


 領地の問題には今まで以上に真剣に取り組み、各種トラブルも迅速に対応されて、ジラール領は驚くほど住みやすい場所になっています。


 特に不正を働いていた役人には厳しく対処していて、第三村で起こった徴税人の処刑をきっかけに、横領、盗み、強姦などをおこなっていた人たちは、次々と処罰されていきました。


 ある種の過激さを持っているので、周囲から“不正を許さない正しい領主”、“融通の利かない殺人鬼”といった、極端な評価に分かれてますね。


 もちろん私の評価は前者で、ケヴィンも同じでしょう。


「でも、変わっていない部分もありました」


 自分のためにだけに生きるというのは、昔から言っていたことです。


 表面上は変わっても根本は私の知っているジャック様。


 別人になってしまったのではないかと不安になっていた私は、相変わらず一人を貫こうとする姿を見て、いけないとは思いつつも安心してしまいました。


 あの人の本質は、孤独なのです。


 でも貴族は、他人に頼らないと生きていけません。


 矛盾を抱えたまま生きて、どんな答えを見つけるのか、今から楽しみです。

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