第45話 他に理由はないと?

 隠し畑からの一件以降、セラビミアは大人しかった。


 各村を巡回しているときも緑の風と一緒に見学するだけで、何かを仕掛けてくるとはない。


 アデーレはずっと警戒しているが、襲ってくることはないだろうという確信みたいなものがある。


 なぜなら、セラビミアが聞いてきたことは俺の内面に関することが多かったからだ。


 バッドエンド後のエピローグにばかり意識がいっていたせいで、領地が乗っ取られると思い込んでしまっていたが、俺のこと知るために試していたに過ぎなかったのだろう。


 理由はゲーム知識と前世を持つジャックの、正確な情報が欲しかったというところか。


 手に入れた情報をどう使うかは気になるが、当面の問題は回避したたのでよしとする。


 終わったことは仕方がないとして、これからのことを考えて将来設計を大きく修正するつもりだ。


◇ ◇ ◇


「大変お世話になりました」


 今日はセラビミアを見送る日だ。


 ようやく王都に帰ってくれるみたいで、執務室で別れの挨拶をしている。


 この場にいるのは、俺とセラビミアだけだ。


 他のメンバーは部屋の外で待機させている。


「ジラール領はどうでしたか?」


「自然が豊かで良い場所ですね」


 逆に言うと、自然しかない場所なんだけどな。


 エルフだったら居心地がいいのかもしれないが、特に若者からすれば刺激の足りない退屈な場所といった評価になる。


 日本のように移動が自由にできる国だったら、若者が不足して大変なことになっていただろう。


「それと、領地が改善に向かっていることも確認出来ました」


「ということは、問題なしと報告していただけるので?」


「もちろんです。王家には良い報告が出来そうです」


 勇者来訪のイベントは何とかクリアできたようだ。


 セラビミアがジラール領のことを正確に報告してくれるのであれば、悪い噂も事実ではないと訂正されることだろう。


 王都に行けない俺にとっては、非常に大きい出来事である。


 ジラール領と俺の評判が上がれば、他の貴族から無駄に見下されずに済むからな。


「当主になってから、必死に領地を運営していたかいがありました」


「その努力も王家にお伝えしておきます」


「ありがとうございます」


 と、礼を言いながら違和感を覚えた。


 あまりにも親切すぎるのだ。


 領地は改善されているとはいえ、まだ荒れている状況なのは間違いない。


 突っ込みどころは多数あったはずで、それらを報告することはなく悪いことは言わないと宣言したことに、裏があると感じてしまう。


「どうしてそこまで親切にしていただけるので?」


「オリビアとリリーが気にいっている土地ですから」


 嘘くさい理由だった。


 信じられるわけがないだろ。


「他に理由はないと?」


「そうですねぇ……」


 セラビミアの端正な顔が近づく。


 若い女特有のほんのりと甘い香りがする。


「ゲームの知識を持っている貴重な仲間ですからね。これから色々と協力してもらいたいので、便宜を図ったんです。この意味分かりますよね?」


 俺に色仕掛けはきかないぞ。


 ゲームの知識があるとバレてしまっているのは想定内、慌てる必要はない。


「今までしてきたことに目をつぶって、ですか?」


「はい。その代わり、絶対に損はさせません。勇者の力を貸します。一緒に動きませんか?」


 勇者の力は魅力的だ。


 ジラール領を繁栄させるのに使いたい。


 公然の場で侮辱されたわけでもないので、利害が一致するのであれば過去のいざこざは忘れて、協力してやってもいいだろう。


 といった貴族っぽい判断が……できるわけないだろッ!!!!


「あれだけのことをしてきたんです。協力なんてしません」


 来訪の目的すら簡単に言わないようなヤツを、俺が信用するはずないだろ。


 どこまで馬鹿にする気なんだ、この女は。


「ゲームの原作通り、プライドの高いところも好きですよ。私たちは仲良くやれそうですね」


「…………」


 こいつ、ダメだ。


 話が通じない。


「こっちは仲良くなるつもりはないんですよ?」


「大丈夫です。そのうち、私の力を借りたくなりますから。そのときにまたお会いしましょう」


「…………」


 セラビミアは何かを知っている。


 それも、『悪徳貴族の生存戦略』をプレイしていた俺が知らないことを、だ。


 何もせずに返すわけにはいかない。


 少しでも情報を集めるべきだろう。


「セラビミア様の目的を聞かせてもらえますか?」


 ゲームだったら序盤も序盤、チュートリアルが終わったばかりの時に、勇者が来たのだ。


 やはり来訪の目的は知りたい。


 今なら聞き出せそうな気がする。


「そうですね……」


 ずっと笑っていたセラビミアの表情が変わった。


 無と表現するべきなのかもしれない。


「私はジラール領から完璧な世界を作りたい。そう、考えています」


「完璧な世界……だと?」


 つい敬語が抜けてしまうほどの衝撃を受けた。


 国盗りかなと思っていたのだが、完璧な世界を作りたいとは。


 普通のプレイヤーでは絶対に出てこない発想だ。


 こいつは神になったような発言を……て、もしかしたらセラビミアは、同人ゲーム『悪徳貴族の生存』の制作か!?


 制作であれば、自分がこの世界の神だと思い込んでいても不思議ではない。


 完璧な世界にしようと動き出すこともあるだろう。


 同人ゲームには入らなかった裏の設定も知っているから、ジラール領を狙っているのか。


 少しだけ、セラビミアのことがわかったような気がする。


「具体的に何をするつもりなのか、教えてくれませんかね」


「それは私と手を組んでからじゃないと、ダメですね」


 急に口が堅くなったな。


 信頼できるような関係にならないと、言えない重要な秘密を抱えていそうだ。


「この世界を完璧なものにするため、ジラール領が必要なんです。一緒に作り上げませんか?」


 贅沢な暮らしをしたい俺としては、ジラール領が発展するメリットはある。


 だがうまい話には裏があるというし、何より俺はセラビミアを1mmも信じちゃいない。


 もう裏切られたくないんだよ。


「ジラール領は、私だけが快適に、そして楽しく過ごせる場所にする予定です。セラビミア様は別の所を狙って下さい」


「へぇ、言いますねぇ」


 断られたのが楽しいのか?


 セラビミアは笑みを浮かべながら顔を離した。


「すぐに答えろとは言いません。私はじっくりと待ちますから」


 目的をベラベラと喋ったのは、俺が何を言っても周囲は信じないと考えているからだろう。


 その考えは俺も同意する。


 勇者と一緒に完璧な世界を作るんです! と言ってしまえば、最悪は異端扱いされて俺が追放されてしまうから。


「ゆっくりと待っていれば良い。その間に力をつけてやるからな」


「それは楽しみですね」


 俺の宣戦布告にも動じないセラビミアは、返事をすると部屋から出て行ってしまった。


 今回の屈辱は絶対に忘れない。


 必ずセラビミアを泣かして、ごめんなさいと言わせてやるからなッ!!

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