第31話 神が俺を殺したがっているのか?

 テントの中で目が覚めた。


 まだ第三村に滞在しているようである。


 全身を襲っていた痛みは感じない。


 俺が持っていた4級の回復ポーションを使用して、レッサー・アースドラゴンの攻撃で受けたケガを治したのだろう。


 体に重みを感じるので毛布を上げてみると、下着姿のアデーレが体を丸めて眠っていた。


 顔を俺の下腹部に押しつけて鼻をピクピクと動かしている。


 こいつ、においを嗅いでいるのか。


 …………アデーレは犬のように抱き付くことが多いので、こんな状況に慣れてしまったな。


 色っぽさを感じないので、妹という感覚が近いのかもしれない。


 意識を失っている俺のみを案じて一緒にいたんだろうし、起こすのは気が引ける。


 気づかれないように、ゆっくりとベッドを降りてから椅子に座る。


 テーブルに置かれていた水差しを持ってコップに注いだ。


 水分を補給しながら考えるのは、レッサー・アースドラゴンのことだ。


 俺の知らないハードモードのサブクエだと考えていたが、落ち着いた今、別の可能性も思い浮かんできた。


「神が俺を殺したがっているのか?」


 ゲーム世界をベースにした現実に、憑依転生したという常識外のことが起こったのだ。


 神という存在がいても不思議ではない。


『悪徳貴族の生存戦略』には神の設定はなかったが、宗教はあるし、現実になったからこそ生まれたという考えもできる。


 ただ、本当に神と呼べるような超常的な存在がいるのであれば、直接手を下して俺を殺した方が早い。


 そう思うと、もう一つの可能性にたどり着く。


「誰かが、ストーリーを変えている」


 ゲーム知識をもっているのが俺一人とは限らない。


 二人、三人いても不思議ではないのだ。


 神が存在するという考えより、よっぽと現実味がある。


 俺みたいに肉体に憑依して乗っ取ったパターンもあれば、赤子からやり直して転生したというパターンもあるだろうが、俺にとってはどうでもいい。


 重要なのは既にゲームのストーリーが狂いつつあることだ。


 思っていたよりも早く、攻略情報が役に立たなくなる。


 俺が贅沢な暮らしをするため、仲間にしたいキャラは沢山いたんだが、計画を修正しなければいけない。


 優先するべきは、ストーリーを狂わせている人物の特定。


 目星はついている。


 俺が手に入れようとした、Aランクパーティをかっさらった勇者だろう。


『悪徳貴族の生存戦略』においてはジャックのライバルキャラクターであり、設定では神々の加護を受けている書かれていて、ゲーム中盤ぐらいから登場する。


「ジャック様?」


 アデーレが目を覚ましたようだで、目をこすりながら体を起こし、俺の姿を探している。


 仕方がない、考え事は中断するか。


「服を着ろ」


 声に反応して犬耳がピクリと動き、俺を見ると飛びかかってきた。


「目が覚めて良かったッーーーー!」


 尻尾をブンブンと横に振って喜んでいるのはわかるが、お前は自分の姿を考えて行動しろ!


 抱き付かれてしまったので、さっさと服を着ろと注意しようと思ったが、少し遅かったようだ。


 テントの入り口からルミエが入ってきた。


「…………」


「…………」


 目が合う。


 お互い無言だ。


 少し視線が冷たいように感じるのは、気のせいでないだろう。


「これはだな」


「お忙しいようですね」


 普段とはまったく違う、冷たい声だ。


「いや、だからこれは!」


 俺の話なんて聞きたくないようで、無言で手紙をテーブルに置いた。


「お忙しい中恐れ入りますが、後ほどこれを読んでください」


 一方的に言い放つと、ルミエは去って行った。


 戦いを通じてケヴィンの好感度は上げたと思ったんだが、ルミエは下がってしまったようだ。


「難しいな……」


 好かれたいとは思わないが早期に裏切られては困るので、好感度管理は気をつけなければいけない。


 特にルミエは屋敷のことを隅々まで知っている上に家臣たちとも仲がいいので、代わりを雇って成長してもらうまでは、替えの効かない人材である。


 もちろんケヴィンも同様だ。


 人材集めと教育に時間と金をかけたかったんだが、予定通りに進まないものだな。


「おい。いつまで抱き着いているつもりだ? そろそろ離れろ」


 俺の匂いを嗅いでいたので、力尽くでアデーレを引き離すと、ベッドの下にある脱ぎっぱなしの服を指さした。


 ちょっと怒っているような雰囲気を出したら、耳をペタッとさせてトボトボと歩き出す。


 罪悪感を少しだけ感じたが、甘い態度は見せられない。


 言葉はかけずにテーブルに置かれた手紙を持った。


「誰からだ?」


 屋敷で待機していたルミエが持ってくるほど重要な手紙なのだ。


 差出人が気になる。


 名前はセラビミア。


 勇者だ。


 ジャックを断罪しにくるイベントがあったが、それが発生したのか!?


 ゲーム内では勇者にバレずに不正をすることが重要で、一度でも発覚してしまえば即ゲームオーバーという鬼畜難易度である。


 断罪にはいくつか種類があって、魔物の群れから逃げ出して領民を犠牲にしたら断罪されるパターンもあって、理不尽に殺されることもあった。


 バッドエンドの半分以上は勇者絡みといえば、やつの厄介さがわかるというものだ。


 震える手で封を開ける。


 几帳面だと思えるほど丁寧な字で、内容は挨拶から始まり当主就任を祝う言葉が続く。


 最後に、忙しい王族の代わりとして領地の視察にくると書かれていた。


「死神がやってくる……」


 思わず呟いた声は、少し震えていたように感じた。

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