第32話 話を聞く価値はないかと

 勇者がやってくる前に、準備を終わらさなければならない。


 視察と入っているが絶対に別の目的があるだろう。


 失点として取られてしまいそうな問題はさっさと片付けなければ。


 テントを出る。


 入り口をルートヴィヒが警備していた。


「ルミエ姉さんがすごい顔をして出て行ったんですが、何かあったんでしょうか?」


 そういえば先ほどの誤解も解かなければいけなかったな。


 いや、あれは後回しだ!


 クソッ! 考えることが多すぎる。


 リザードマンの逆襲クエをクリアしたというのに、なんでこんなに忙しいんだよッ!!


「ちょっとした誤解があっただけだ。お前が気にすることではない」


「誤解、ですか?」


 詳細を聞きたそうな顔だったが、優先度の低いことに対して時間を消費する余裕はない。


「それよりも重要な話がある。兵と村人を広場に集めてこい」


「承知いたしました!」


 胸に手を当てて敬礼をしてから、ルートヴィヒ走って行った。


 集まるまでに時間がかかるだろう。


 その間に準備を進めるぞ。


 アデーレを連れて第三村にあ建物内へ入ると、両手両足を縛られた徴税人がいた。


 口も縄で塞がられており、フゴフゴと空気を吐き出すだけで言葉になっていない。


 処刑が決まっているのに命乞いでもしたいのか。


 この期に及んで何を思っているのか気になって、縄をはずそうと手を伸ばす。


「ジャック様。ここにいらっしゃったんですね」


 後ろを向くとケヴィンがいた。


 先ほどまで気配を感じなかったぞ。


 気のせいかもしれないが触れれば斬られてしまいそうな雰囲気があって、気軽に話しかけられない。


 こいつは本当に俺の家臣なのだろうか。


 言葉にならない不安がわき上がってくる。


 ゆっくりと歩いて俺の隣に立つと、徴税人を持ち上げた。


「処刑される人間は怨嗟の言葉を吐き出すだけです。話を聞く価値はないかと」


 ケヴィンの話は一定の説得力はあった。


 あと一時間もしないうちに殺されるのであれば、恨みをぶつけてくるのは当然だ。


 万が一、徴税人が呪い系統の魔法を使えたら危険という見方もできる。


「当主になって初めての処刑だ。最後の言葉ぐらい聞きたいのだが?」


 本心ではない。


 聞いておいた方がよいと本能、いいや、恐らくだが、ジャックだった者の残骸がささやいているのだ。


 信じ切ってはいけない。


 裏切られると思って行動しろ。


 俺が『悪徳貴族の生存戦略』をベースにした世界へ転生したとき、意識していたことだ。


 アデーレすら好感度が下がれば裏切ると思っているのだから、ケヴィンやルミエのようにシナリオ上、裏切る可能性の高い二人を完全に信じるなんてできない。


「先代もそう言って罪人の言葉を聞き、後悔しておりました」


「どういうことだ?」


「領民のために苦悩しながらも正しく統治していたのに、酷い罵声を浴びせられたのです。それだけではありません。その男は洗脳の魔法を使えたようで、無防備な領民を操って、小さい頃から先代の面倒を見ていたメイドを殺したのです」


 主人公はジャックだったので、両親の過去は書かれていなかった。


 もしかしたら実際にあっても不思議ではない。


 両親は最初から性根が腐っていたわけではなく、過去のトラウマから悪の道に落ちた。


 そういったストーリーは受け入れやすく、すんなりと心に入ってくる。


「その話を裏付ける証人、もしくは証拠は残っているか?」


 だからこそ、作り話であると感じてしまうのだ。


 この場で俺を納得させるための思いつきではないのか。


 何か隠しているんじゃないか。


 そういった疑念が残る。


「当時を知っている者は私しか残っているないので証人はございません。ですが、先代は日記を書かれておりました。もしかしたら、そこに当時のことが残されているかと」


 今すぐは確認出来ないか。


 悩んでいる間にも勇者の来訪は近づいてくる。


 情報は足りないが決断の時だ。


「徴税人はそのままでいい。外に行くぞ」


 引っかかる部分はあるが、ゲーム序盤でケヴィンが裏切ることはなかった。


 真偽の確認は後にしても大丈夫だろう。


 それより優先するべきなのは、イレギュラーな存在となる勇者だ。


 優先度してはヤツの方が上。


 心に引っかかりを覚えながら建物を出て、第三村の広場に移動する。


 ルートヴィヒは命令を愚直に実行したようで、第三村にいる全員が集まっていた。


 徴税人を担いでいたケヴィンが地面に投げ捨てる。


 ドサッと音がして少しだけ土埃が舞う。


「この男は各村を脅して隠し畑を作らせ、脱税を指示していた」


 徴税人の件は側近しか知らなかったので、兵や村人は驚きざわめいていた。


 特に村人たちは、脱税がバレたから酷い仕打ちをうけるのではないかと怯えていて、一部は逃げだそうと腰を浮かしている姿が見える。


 ルートヴィヒに目で指示を送ると、兵を動かして村人を囲った。


 逃げ出せず、絶望した顔が浮かんでいる。


 特に村長の妻と娘は処刑されると確信しているようで、泣いていた。


「徴税人の証言はまとめている」


 無視して話を進めようじゃないか。


 羊皮紙を全員に見えるように掲げた。


「今回の大規模な脱税は徴税人が主犯で、他は仕方なく従っていた被害者であることが書かれている。よって、今回の処刑は徴税人のみ。他の関係者は脱税していた分の作物を十年かけて分割で支払え」


 判決を聞いた村人は一斉に喜んだ。


 最悪は、この場で全員処刑されると思っていたのだから当然だろう。


 税を取り立てる徴税人は平民から嫌われているので、誰も同情するような素振りは見せない。


「それでは処刑を始める」


 処刑人なんていないので、俺がヒュドラの双剣を振り下ろして首を落とした。


 痛みはなかったはず。


 ついに人間を殺してしまったが、罪悪感はあまりない。


 勇者という存在が大きすぎて何かを感じる余裕がないのだろう。

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