第21話 申し訳ございません

「…………」


 俺の質問にルートヴィヒは黙ったままだ。


 答えにくい質問だったと思い直して、事情を知っていそうなケヴィンを見る。


「兵長をはじめ、多くの兵は訓練をせずに遊んでおりました。そのツケが回ってきたのでしょう」


 ああ……。なんてことだ。


 ケヴィンやルミエが優秀だったので忘れていたが、両親は悪政を敷いていたんだから家臣や末端の兵が腐ってて不思議ではない。


 実際に徴税人は賄賂を受け取って脱税を手伝っていたしな。


 兵が訓練をサボるだなんて可愛いものである。


 これは完全に俺のミスだ。


 アデーレとの訓練を優先する前に領主として、兵や家臣の状態を把握して掌握しておくべきだった。


 自分の強化を優先した理由は他人が信用できないからである。


 明日、全員が裏切ったとしても生き残れるようにと剣術を学んでいたのだが、すべて裏目に出てしまった。


 せめて第三村に出兵する前に、素行や実力をチェックするべきだったな。


「申し訳ございません」


 ルートヴィヒは頭を下げたまま謝罪の言葉を口にした。


 体は小刻みに震えているし、俺が癇癪を起こして暴れてしまうのを恐れているのだろう。


 ゲームなら有名キャラクターの状況は好感度、モブ兵や領民は忠誠心で状況を把握できたんだが、ステータスが存在しない中途半端な状況なので、どこまで腐敗が進んでいるのかわかったものではない。


 この態度も本心から来ているのか、その場しのぎの対応なのか、俺には判断できない。


「終わったことについて文句はいわん。兵長が死んだのであれば代わりが必要だ。ケヴィン、最適な人材はいるか?」


 無能な兵長が死んで良かったと思うことにして、思考を切り替えることにした。


 リザードマンを中核とした魔物の集団は必ず来る。


 冒険者の助けが間に合ったとしても、兵をまとめる人間がいなければ蹴散らされてしまうだろう。


 それほど全体の指揮というのは重要なので、どうか一人ぐらいいてくれと願っていた。


「おりません」


「…………」


 短くキッパリと言われてしまえば諦めるしかない。


 貧乏男爵家なので、隠れた人材なんて都合のよい存在はない。


 Aランクパーティは勇者に奪われてしまったし、ジャックの体になってから不幸が次々とやってくる。


 これが悪徳領主と設定された主人公補正というやつなのかもな。


「ルートヴィヒも同じ意見か?」


「やる気はともかく、兵のほとんどは実戦経験がございません。指揮どころか戦うのですら難しいと思われます」


 代わりの人材がいれば全員クビにしていただろうが、今は持っている手札で戦うしかない。


 文句は山のようにあるが、黙って飲み込むことにした。


 現実を受け入れて対策を練るしかないだろう。


「であれば、俺が兵の指揮をする。これから防護柵の作業を視察しに行くぞ」


 異論はあるだろうが話を聞くつもりはない。


 急いでテントを出ると、兵たちが集まっている場所についた。


 アデーレは護衛として、ルートヴィヒやケヴィンは何故か俺の後ろで待機している。


「これはどういうことだ?」


 危惧していたとおり作業は中断して談笑していた。


 ルートヴィヒに問いかける。


「兵長が死ぬ前に休憩を言い渡したので、命令を実行中です」


「柵の一つもできてないのにか?」


「……はい」


 たるんでるな。


 このままだと、リザードマンやゴブリンの姿を見たら逃げ出すことすらありえる。


 残された時間は少ないが規律を強め、魔物の集団を見ても逃げ出さないように鍛え上げなければならない。


「全員、俺の前に集合しろ! 今すぐにだッッ!!」


 声を張って叫ぶと、休憩中の兵たちが一斉に俺を見た。


 領主がきたとわかったようで、すぐに立ち上がると俺の前で整列する。


 最低限の訓練は出来ているか。


 今のところ士気は低くないようだし、想像していたより現状はマシなように見える。


 だが、やる気があっても実力が伴わなければ意味はない。


「まずは残念な知らせがある。お前達を指揮していた兵長の……」


 名前、なんだっけ?


 やば。覚えてない。


「ゲレオンです」


 小声でルートヴィヒが囁いた。


 ナイス!


 気が利くじゃないか!


「ゲレオンがリザードマンと遭遇、勇敢に戦ったが死んでしまった」


 目の前にいる兵たちは動揺しているが、無視して話を進める。


「志半ばで死んでしまったゲレオンの仇を討つべく、今から俺が臨時の指揮を執ることにする!」


 ゲレオンが死んだ報告をした以上に兵たちに動揺が走った。


 領主の前だというのに、ざわざわとしている。


 舐めた態度を取りやがって。


 厳しい訓練を課すと決めた。


「これからお前たちは二つのグループに分ける。一つは防護柵、もう一つは戦闘の訓練をしてもらう。それぞれ午前と午後で作業は交代してもらう予定だ。休みなどないと思え!」


 ざわめきが止まって兵たちは俺を見ている。


 腐敗した組織なので、厳しいことを言えば文句の一つでも出ると思ったのだが、意外にもみんな目を輝かせていた。


 予想外の反応に戸惑ってしまう。


 兵たちも腐敗していたんじゃないのか?


 俺の勘違いだったのか?


「分け方はどうしましょうか」


 考え事をしているとルートヴィヒが聞いてきた。


 当然、考えているはずがない。


「お前に任せる。十分以内に終わらせろ」


「え、俺……じゃなくて私ですか?」


「そうだ。ルートヴィヒは俺の補佐役に任命する。戦闘訓練するヤツらは俺のテントの前に移動させろ」


 雑に任命したように見えるかもしれないが、理由はある。


 ルートヴィヒは裏切るような度胸を持っていないと思えたからだ。


 名前すら知らない兵や裏で何を考えているのかわからないケヴィンよりマシだろう。


 消去法的な判断ではあるが、この場を乗り切るぐらいなら何とかなるはず。

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