第9話 中に入るぞ

 執務室を出て廊下を歩く。


 少し前まで絵画や謎の壺、あとは椅子などのインテリアもあったが、今は撤去されている。


 残っているのは、足が沈むぐらいの豪華な絨毯ぐらいだろう。


 俺が出した指示どおりに余計な物を売りさばく準備は進んでいるようだ。


 これで強欲な貴族というイメージが少しは解消されるはず。


 贅沢三昧な生活は裏ですればいいのだ。


 バカな両親みたいに誰もが目に付く場所で豪遊してしまえば、周囲から嫉妬されてしまうからな。


 アデーレは俺の後ろにいてルミエの姿はない。


 ケヴィンへ報告しに行っているのだろうが、報奨の内容を伝えた今、止められない。無駄な努力だ。


 鍵が三つかかったドアを開けると、壁にかかっているランタンを手に取る。


 魔物からとれる魔石で動くタイプであり、ボタン一つで起動する高級品だ。


 どういった構造になっているかは不明だ。


『悪徳貴族の生存戦略』の設定集には記載されてなかったので、制作者は考えてなかったのだろう。


 同人ゲームではよくあること。


 細かいことを気にしたら負けなのだ。


 階段を降りて地下室に入る。


 空気は淀んでいてほこり臭く、周囲は薄暗い。


 明かりといえば俺の手にあるランタンぐらいである。


「ここだ」


 淡い光に照らされたアデーレの顔は、緊張しているように見えた。


 地下室で男と二人っきり。


 その状況に危機感を覚えているのかもな。


 俺が襲いかかっても簡単に撃退できてしまうほどの腕を持っているが、過去のトラウマには勝てないのだろう。


「安心しろ……と言っても無駄かもしれないが、アデーレに害をなそうとは思っていない。リラックスしてくれ」


 優しい声をかけたのはアデーレから信頼を得るためで、打算で行動した結果でしかない。


 犬っぽくて可愛らしくゲーム内で裏切ることもなかったが、人の心なんて時の経過とともに移り変わる。


 十年以上もの時間を一緒に共有した妻だって浮気したのだ。アデーレが俺以外の領主になびく可能性は常に考えていた方がいいだろう。


「え? ジャック様になら殺されても気にしませんが……ありがとうございます」


 なんか俺がイメージしていた返事とは少し違ったが、既に好感度や忠誠心が最大値だと思えば問題はないか……。


「中に入るぞ」


 宝物庫のドアを開けて一人で中に入る。


 左右の棚には金塊や宝石、ネックレスといったアクセサリーがずらりと並んでいた。


 見栄っ張りな両親の指示によって、美しい宝はこうやって飾っているのだ。


 地味だが価値のある物、例えば貴重な魔道書や王家から承った書類の数々、あとは貴重な鉱石とかは、部屋の隅に積み重ねられた木箱に入っている。


 価値としては木箱の中の方が高いのだろう。


 そして部屋の奥には、双剣が壁に飾られている。


 刀身の長さは片手剣よりやや短い。そんなサイズだ。


 片刃で反りがあり切れ味は鋭く、刀身は紫色で毒々しい。


 ゲームでは一定の確率で毒を付与する効果があり、現実世界になった双剣にも似たような機能が存在するらしい。


 毒が流れ出す機能があると、ジャックの知識が教えてくれた。


「あの双剣は……」


「巨大な胴体に九つの頭を持つドラゴン、ヒュドラの牙から作られた逸品だ。刀身に魔力を流すと猛毒が流れ出す効果もある」


 さすがにヒュドラが持つ毒の完全再現とまではいかないが、毒性はかなり高い。


 一度、罪人に試し斬りをしたそうだが、痛みでのたうち回り一分も持たずに死んだ記録が残っている。


 話半分だとしても強力な毒だ。


 他の財物には目もくれず、アデーレはフラフラと吸い寄せられるように歩きながら双剣を手に取った。


「なぜか手に馴染む……」


 当然である。


 ゲームの中盤まで、ヒュドラの双剣はアデーレが使う最強の武器だったのだ。


 馴染んでもらわなければ困る。


「その剣が気にいったのか?」


「え、はい……ですが、村を救ったお礼としては高すぎるので遠慮しておきます」


 ヒュドラは軍を率いても全滅するほど強力な魔物だ。


 人間の中でも限られた英雄だけが倒せる相手であり、討伐された事例は数件しかないため、ヒュドラの双剣は金を積んでも手に入らないだろう。


 村一つどころか街を救ったとしても、対価としては釣り合わない。


 それほどの逸品なので、アデーレが躊躇するのもわかる。


 というか、それが狙いでもあった。


「だが俺は宝物庫にあるものを一つと言った。ヒュドラの双剣も含まれる。アデーレに譲ろう」


「それはちょっと……」


「気が引けるか?」


「はい。金貨を十枚いただいただけでも多すぎるぐらいです」


「では、こうしよう。しばらくの間、護衛兼剣術の師匠として俺を鍛えてくれないか?」


 これが俺の狙いだ。


 アデーレを身近に置くだけでなく、自らを鍛えるために利用する。


 最高の計画だ!


 本当は訓練なんてしたくはないのだが、ゲームの主人公であったジャックは戦いからは逃げられない。


 半ば強制的に戦うことを運命づけられている。


「……え、護衛と剣術の師匠ですか!?」


 ヒュドラの双剣をもったまま、目をまん丸にして驚いている。


 いい感じに思考が止まってそうだ。


 冷静になる前にたたみかけるぞ。


「そうだ。そうすれば俺は嘘つきにならず、アデーレは負い目を感じずに済む」


 話ながら数歩進んで近づく。


「ですが……」


「ヒュドラの双剣だって、かび臭い部屋に飾られているより、凄腕の剣士に使われた方が喜ぶと思わないか?」


「凄腕の……剣士……私が……」


 刀身をじっくりと見て悩んでる。


 人間は欲に溺れる生き物なのだから当然の反応だ。


 アデーレの脳内では、ヒュドラの双剣を使って戦っている自分の姿が思い浮かんでいることだろう。


 後一押しすれば首を縦に――。


「やっぱり止めておきます。私には相応しくありません」


 何だと!?


 先ほどまで物欲しそうに見ていたヒュドラの双剣を、元の場所に戻して手放しやがった!


「これで十分です」


 手に取ったのは、掃除をしなかったせいで残っていた小さなホコリだった。


「いや、いや、待てよ! よく見ろッ! それはゴミだぞ?」


「でも、ここにありました。ジャック様は嘘つきにならずにすみます」


 屁理屈を言いやがって!


 俺の計画が台無しじゃないか!

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