第8話 領民思いの領主様だと知って感動しております!

 ジャック様に命令されて村の調査をしたけど、人的被害は意外にも少なかった。


 多少のケガ人はいたものの村人は全員生き残っている。


 しかし、大蜥蜴があばれまわった爪痕は残っていた。


 畑や備蓄の食料はほぼ全滅しているのだ。


 さらに建物も破壊されいて、人がいなかったら廃墟だと思われても不思議ではない。


 ジラール領は気候が温暖なので凍死するような人は出てこないだろうから、建物が壊れているのは大丈夫だけど、問題は食糧だ。


 このままだと村人は餓死するしかない。


 やばい! どうしよう!


 と、心の中で叫んでも、一般兵ごときが解決案なんて思い浮かぶはずがない。


 俺は詳細をまとめると、屋敷に戻ってケヴィンさんに資料を渡し、報告することにした。


「ふむ、リザードマンに襲われたと聞いたときは全滅したと思っていたが、被害は想定より少ないようだな」


 時間をかけて報告書を読んだケヴィンさんは、俺を見ていた。


 人の心を見透かすような目が苦手なんだよなぁ。


 ルミエ姉さんは慣れればなんともないよと言ってたけど、慣れるもんなのか?


 俺には無理そうだよ。姉さん。


「今後の対応はジャック様と話し合うとして……ルートヴィヒ、今回の件をどう思った?」


「領民思いの領主様だと知って感動しております!」


 完璧な回答だと思ったんだけど、どうやら違ったようだ。


 ケヴィンさんは頭を押さえながら首を横に振っていた。


「聞き方が悪かったな。どうしてジャック様は村が襲われるとわかったのだ?」


「報告書にリザードマンの目撃証言があったらしいです」


「そんなものが……? いや、後で確認すればいいか。では、アデーレという女性との関係は、どう見えた?」


「え? 初対面って感じでしたよ。ジャック様が剣術の腕に惚れ込んでましたが、あの動きを視たら納得です。俺だって美しいと思ったんですから! 凄いっすよね。戦い方を教えて欲しいですよ!」


「……ああ、もういい。わかった」


 雑に会話を打ち切られたように感じたけど、ケヴィンさんに文句なんか言えないので黙ったままだ。


 なぜか機嫌は悪そうだし、賢明な判断だと思う。


「冒険者ギルドからアデーレの情報を確認してみたが、品行方正で依頼の達成率は高く、理想的な冒険者らしい。警戒を強める必要はないだろうから、屋敷の警備はいつもどおりでいいぞ」


「はいッ! それでは失礼いたします」


 話が終わったようなので部屋を出ると、ルミエ姉さんと出会った。


「あら、ルートヴィヒじゃない。ケヴィンさんへの報告は終わったの?」


「うん。ちゃんと出来たよ」


「本当ーー?」


「本当だって! 質問にも答えたんだから!」


 亡くなった両親の代わりに育ててくれたこともあって、ルミエ姉さんは成人した後も子供扱いをしてくるので困る。


 もう俺は一人前の男なんだから、早く恋人の一人でも作って人生を楽しめばいいのに。


◇ ◇ ◇


 執務室で仕事をしていると、ドアがノックされた。


「アデーレ様をお連れいたしました」


「入れ」


 リザードマンを倒してから二日経過した今日、お礼の場を設けたのだ。


 最高の第一印象を与えて下準備は完璧である。


 これから話す内容も順調に進むだろう。


「失礼します」


 最初に入室したのはルミエだ。銀髪に青い瞳、白い肌の組み合わせは透明感があって、黒いメイド服とのコントラストは最高だ。


 裏切るとわかってなければ手を出していただろう。


 すぐにドアの横に立つと、ルミエは頭を下げた。


「し、失礼します」


 続いて入室したのはアデーレだ。


 犬耳がピンと立っていて緊張しているように見える。


 ずっと認められなかった人生を歩んでいたんだ。無理はないか。


 ルミエはドア付近で立ち止まったまま。


 アデーレは一人で部屋の中心まで進む。


「わざわざ来ていただき感謝する」


「私は大丈夫です! 気になさらないでください!」


 感謝の言葉を口にしただけで慌てながら手を振っていた。


 尻尾は横に激しく揺れていて、この反応だけでアデーレが随分と俺に惚れ込んでいることがわかる。


 子犬みたいで可愛らしいな。


 などと言ってしまったら印象は最悪になってしまうので、心の中にだけで留める。


 持っていたペンを机に置くと立ち上がり、丸められた羊皮紙を一枚手に持ってアデーレの前に立つ。


「それでは我が領地の村を救ってくれた英雄に、相応の報酬を渡すとしよう」


「英雄だなんて言い過ぎです! というか、え、本当に何かもらえるんですか!?」


 やや混乱しているアデーレに羊皮紙を無理やり渡す。


「もちろんだ。俺は嘘をつかない。報奨として金貨十枚と宝物庫にある物を一つ、アデーレに譲ろう」


 驚いたのはルミエだった。


 金貨十枚は円換算で百万程度だから大した出費ではないのだが、宝物庫のアイテムは違う。


 代々伝わる剣も保管されているからな。


 ルミエが驚く気持ちはわかるが、破滅フラグをへし折るにはアデーレに使ってもらうのがベストなので、この条件は譲れないのだ。


「金は後ほどルミエから渡す。今から宝物庫に案内しよう」


「今からですか!?」


 俺が発言するたびに驚いて可愛いヤツだ。


「もちろんだ。付いてこい」


 急いでいるのには理由がある。


 この話をケヴィンに知られたら止められる可能性があるからだ。


 当主として強引に意見を押し通すことも可能ではあるが、口論になるのは間違いない。


 であれば、終わったことにして「次から気をつける」としたほうが、ケヴィンとの関係は悪化しないだろう。


 両親がボロボロにした領地の回復と、今後来るであろう破滅フラグをたたき折るためには、まだケヴィンにいてもらわなければ困る。


 正面から戦うのは後回しにするべきなのだ。

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