第6話 ブキヲ、ハナ、セ

「勝てそうですね!」


 兵が嬉しそうにしているが、長くは続かない。


 教会の裏手に回り込んだリザードマンの姿が見えたからだ。


 普段のアデーレなら気づいただろうが、村人を守るために急いでいるため警戒は疎かになっている。


 その結果がご覧の通りだ。


 木製のドアをぶち破って教会に侵入したリザードマンは、子供を一人抱えるとアデーレの前に立った。


「ウゴクナ、コロス、ゾ」


 ここからじゃ声は聞こえないが、そんなこと言って脅しているんだろうな。


 ゲームのセリフだったから覚えている。


 この後、アデーレは村人を見逃してもらうために武器を捨てて投降。リザードマンに連れ攫われてしまうのだ。


 もちろん魔物は約束なんて守らない。


 村に残っていた大蜥蜴が村人を食い荒らしてしまう。


 巣に連れ込まれて拘束されたアデーレは、その話を聞かされながら拷問され続け、リザードマンたちを恨みながら死んでしまう。


 この展開だけでも胸くそが悪いのに、規制のない同人ゲームはさらにプレイヤーに最悪の体験をさせる。


 死体を配下のゴブリンに使わせるのだ。


 子供ぐらいの背丈で緑色の肌、耳は尖っていて黄色く変色した牙を持つゴブリンは、人間の女が大好物だ。もちろん、性的に、という意味で。


 死体でも十分楽しんでしまえるのだ。


 何日も嬲られ死体が腐り、目が飛び出した状態でも使われ続け、その場面をジャックが目撃することになる。


 というのが、アデーレが敗北した場合の流れである。


 何故かわらかないが、グロいスチール画像まで用意されていた。


 まったく制作者の歪んだ思考は理解できん。


「どうしますか?」


 もちろん助けるに決まっている。


 最強戦力として手元に置きたいという理由もあるが、裏切られて死ぬという運命が気にいらないのだ。


「裏切り者は殺す」


「……ジャック様?」


 質問に答えてないこともあって、兵たちは疑問を浮かべたまま戸惑っている。


 こいつらは戦力として期待していないので問題はない。


 付いて来れないのであれば、それまでである。


『シャドウウォーク』


 影の中を移動できる魔法だ。


 ジャックの体を手に入れたときに魔法は使えていたので、原理はよくわからん。


 同人ゲームを作った制作者だって何も考えてなかっただろう。


 悪い主人公だから影や闇の魔法でいい。


 そんな考えだったんじゃないか?


 自分の影に沈むとリザードマンの背後にある建物の影から、俺が浮かび上がる。


 アデーレは気づいたようなので、人差し指を口に当てて黙るように伝えた。


『ブキヲ、ハナ、セ』


 自分が優位だと信じて疑わないリザードマンは、不快な笑みを浮かべながら聞き取りにくい声で言った。


 言語が近いこともあって、片言であればリザードマンも人間の言葉が使えるのだ。


 リザードマンが子供を抱きかかえたままだと魔法は使いにくいので、もう少し様子を見ることにする。


「その代わり、子供や村人には手を出すな」


「ワカッタ、ヤクソクシヨ、ウ」


 信じたわけではないだろうが、従うしかないのでアデーレは両手に持った二つの剣を手放した。


 刀身が地面に刺さる。


 さらに両手を挙げて、抵抗する意思がないことを見せた。


「子供を離してくれ」


「デキナイ、コウソクシテカラ、ダ」


「わかった。これで私の手足を結べ」


 アデーレは腰につけていたポーチから細い紐を二本取り出すと、地面に投げ捨てた。


 あれはジャイアントスパイダーと呼ばれる魔物の糸で作った紐だ。


 見た目より頑丈に出来ている。


「イイダロ、ウ」


 抱きかかえていた子供を地面に降ろすと、リザードマンは口笛を吹いて近くにいる大蜥蜴を呼んだ。


「テイコウスレバ、コロ、ス」


 大蜥蜴に子供を任せて、リザードマンは一歩、二歩と歩き出した。


 食われると思ったのか、子供は泣いていて動けそうにない。


『シャドウバインド』


 俺の影が伸びて大蜥蜴の体を拘束する。


 急に動けなくなって驚いたのか暴れ出すが、その程度の力で拘束が解けるほど柔い魔法ではないぞ。


 足や尻尾を動かそうとするが、びくともしない。


 異変に気づいたリザードマンが後ろを向いた瞬間、アデーレが地面に刺さった剣を抜き取ると一足で近づき、剣を振るって首をはねた。


 さらに跳躍して大蜥蜴の上に乗ると、左右の剣を頭に突き刺した。


 大蜥蜴の力が抜けたので拘束していた魔法を解除する。


 瞬く間にリザードマンと大蜥蜴を倒してしまうか。


 現時点でこの強さというのは驚きだ。


 恩と義理などといった感情で雁字搦めにしてからアデーレを仲間に引き込めば、ルミエやケヴィンが裏切っても多少は安心できる。


 やはり、俺には欠かせない存在だな。


「ケガはないか?」


 声をかけた相手は子供だ。


 本当はコイツが生きてようが死んでようが興味はないのだが、アデーレは子供に優しい人間を好むので気を使ってみた。


「え、あ、はい」


 どうやらケガはしてないようだ。


 完璧な救出劇である。


 大蜥蜴の残党もいたが、アデーレは数分ですべて片付けてしまう。


 安全の確認が終わると、俺の所に戻ってきた。


「助かった」


「君の力がなければ、誰も助けられなかった。こちらこそ礼を言う。ありがとう」


「……どういうことだ?」


 急に礼を言われて戸惑っていた。


 よくみれば綺麗な顔立ちをしている。


 歳は二十ちょっと前ぐらいで、鼻筋は通っているし膨らんだ唇も魅力的で……って、なんでこんなことを考えている!?


 女なんてしばらくはいらないと思っているんだが、どうやらジャックの精神に引っ張られてしまったようだ。


 こいつ、ゲーム内では女好きだったからな。気をつけねば。


「そのままの意味だ。俺の名前はジャック・ジラール。この土地を治めている男爵だ。改めて礼を言おう。領民を助けてくれて感謝する」

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