第5話 え、助けないんですか?
馬を走らせてジラール領にある、人口が百名ちょっとの第三村と呼ばれる場所に向かっている。
のどかな農村なのだが、今は魔物――大蜥蜴による襲撃事件が発生しているだろう。
そこに偶然訪れたアデーレが、生き残りの村人を助けるために戦うのだ。
ゲーム内では最強と呼ばれていたアデーレであれば、大蜥蜴が何十匹いても勝てるほどの実力を持っているが、飼い主の人型蜥蜴――リザードマンが村人を人質に取ってしまい、抵抗出来ないアデーレは捕まってしまう。
しかも最悪なことに、リザードマンは他種族を拷問するのが好きなのだ。
村人を守り切れなかったアデーレは何度も痛めつけられ、翌日には死んでしまう……というのが『悪徳貴族の生存戦略』のサブストーリーだった。
彼女が死んだからといってゲームオーバーにはならずプレイは続けられるのだが、暗殺や移動中の襲撃、他領の侵略といったイベントに対抗できずに、ジャックは何度も死ぬことになる。
ゲームならセーブできるが、ここは現実だ。
気軽にポンポンと死ぬわけにはいかない。
そんな運命はごめんだ。
最強の矛と盾になるアデーレは、恩義で雁字搦めにして仲間に引き込む必要がある。
そうすれば裏切る可能性はかなり低くなるだろう。
「ジラール様!!」
今の俺は貴族っぽい格好をしていないのだが、正体を見破られたようだ。
名を呼ぶ声が聞こえた。
走っている馬を止めて振り返ると、屋敷の警備を担当している兵が三人近づいているのに気づく。
一人で出かけたことに気づいて、ケヴィンあたりが派遣したのだろう。
「何の用だ。屋敷に帰れ!」
「そ、そうはいきませんッ! ケヴィン様に殺されてしまいます!」
泣きそうな声で言ったのは成人――十五歳ぐらいに見える男だった。
後ろの二人もコクコクと首を縦に振って同意している。
家令であるケヴィンはメイドだけでなく兵たちにも影響力が強く、新当主の俺より怖いのだろう。
兵の様子を観察する。
三人とも装備は貧弱で、ゲームだったら一般兵レベル一というところか。
戦闘する度に死んでいくユニットみたいな扱いで、気軽に補給できる捨て駒として使っていたな。
だからアデーレと違って、戦いに巻き込まれて死んでも惜しい人材ではないのだが、俺が引き継いだ領地は新兵ですら貴重な存在だ。
ゲームとは違って、新しく兵を募集するにしても時間はかかる。
さらに金がないので、勝手に死なれたら財政を圧迫して困るのだ。
「俺が向かう先には大蜥蜴とリザードマンがいる。お前たちじゃ死に行くようなものだ。今からでも遅くない。帰れ」
「だったら、ジラール様も帰りましょう! そうすれば解決です!」
出来るんだったら帰ってる!
それがダメだから一人で来てるんだよ!
正直にアデーレを助けに行くとは言えないから、適当に理由を説明するか。
「我が領地にある村が襲われているのだ。当主として引き返すわけにはいかない」
俺の本心に気づけない三人は、目をキラキラと輝かせていた。
理想の領主像に見えたんだろう。
「そ、それだったら俺だってジラール様を見捨てるわけにはいきません!」
結局、同行する流れになってしまったか。
今は時間が惜しい。
好感度は上がっているようだし、戦場で裏切ることはないだろう。
妥協して許可するか……。
「……いいだろう。同行を許可する。その代わり、俺の命令には絶対に従えよ?」
「はい!」
三人は声を合わせて返事をした。
無駄に時間を消費してしまったな。
さっさと行こう。
手綱を上下に振って馬を走らせる。
最初に話しかけてきた兵が俺の隣にきた。
「ジラール様、どうして村が襲われていると気付けたんですか?」
「報告書に大蜥蜴とリザードマンの目撃証言が書いてあった」
「それだけの理由ですか?」
「その話が一週間前だ。リザードマンは人間を襲う前に入念な計画を立てるから、そろそろ襲われるタイミングなんだよ」
「さすがジラール様! 博識ですね!」
賞賛しているが裏で何を考えているのやら。
返事はせずに馬を走らせ続けて数時間、ようやく目的地である村が見えてきた。
村が一望できる小高い丘の上で止まる。
想像していた通り、村は灰色の大蜥蜴によって破壊され尽くしていて建物は原形を留めていない。
村人は緊急時の避難場所となっている教会に立てこもっているようで、大蜥蜴たちは壁に体当たりを続けている。
知能が低いので、ドアを破壊して侵入するといった発想がでないのだろう。
この先にエサの匂いがする、以上の思考はなさそうだ。
「ジラール様……ど、どうしますか?」
「黙って見てろ。すぐに状況は変わる」
「え、助けないんですか?」
襲撃されている教会を眺めていると一人の女性が飛び出した。
長く紅い髪と頭に付いた犬耳。ふさふさとした尻尾もある。人間に獣の要素を入れた種族――獣人であり、彼女がアデーレだ。
人間に比べて身体能力が高く魔力による能力強化もできるので、接近戦が非常に得意なのだ。
髪と同じく燃えるように紅い双剣を振るって、大蜥蜴を次々と屠っていく。
「あの人、強い……」
隣にいる兵が驚きのあまり言葉を漏らしていた。
ゲームではいえば序盤なので、アデーレはこれよりももっと強くなるぞ。
瞬く間に教会を攻撃していた大蜥蜴が死んだので、次は破壊した家を漁っている大蜥蜴に向かって走り出した。
順調に魔物は倒れていくが、この後すぐ、アデーレは窮地に立ってしまう。
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