第2話 愛しい息子が近づいているのに逃げるだなんて、悲しいじゃないですか

 ノックせずに寝室へと入る。


 醜く太った二匹の豚、いや両親は、ソファーに座りながらワインを飲んでいた。


 アルコールが回っているようで、顔は真っ赤だ。


 隣に控えているメイドが持っている大皿には、焼き菓子の山がある。


 一晩で食べきれる量ではない。


 残したら残飯として捨てるのだが、その量が多ければ多いほどいいという訳のわからない文化があるのだ。


 まったくもって理解できない。


「こんばんは」


 口にグラスをつけたまま両親は固まった。


 毒を飲ませて永年の眠りについたと思った息子が笑顔を浮かべて立っているのだから、気持ちはわかる。


 幽霊が現れたと思っているのかもな。


「もう大丈夫なのか? 心配したんだぞ!」


 父親が慌てて立ち上がった。


 手に持っていたグラスからワインがこぼれ落ちて服を汚す。


 お前のせいで死にかけたのに白々しいことを言うな。


「ええ。元気になったのでご報告にまいりました」


 敵意を隠し、笑顔を浮かべる。


 貴族として教育を受けたジャックが手に入れた技術である。


「せっかくなので俺も酒が欲しい。グラスを一つ持ってきてくれ」


 菓子の大皿を持っているメイドに命令をした。


 一瞬だけ戸惑ったような態度を取っていたが、父親が「行け」と命令したらメイドは一礼をしてから退出した。


 しばらくは戻ってこない。その間にすべてを終わらせよう。


 音を立てずに歩いて両親の前に立つ。


「そういえば昨日、セシール商会の方と会っていたみたいですね」


 脈絡のない話題だが、俺のことを恐れている二人は指摘しない。


「あ、ああ、そうだ。買ってほしいものでもあったのか?」

「いえ。必要な物はそろったので、今はないですね。父様は何を買われたんですか?」

「子供のお前には関係のないものだ」


 そりゃそうだ。言えるはずがない。


 セシール商会は表向き、錬金術師が作ったポーションなどといった魔法薬を取り扱っているが、裏では毒物を売りさばいているからな。


「そうですか、なんだてっきりコレを買ったんだと思いましたよ」


 ポケットから紫色の瓶を取り出すと、両親の前にぶら下げた。


 中には液体が半分ほど残っている。


 俺に半分だけ使って残りは瓶ごと捨てたのだ。


 なんとも雑な扱いをするなと思うが、俺が意識を戻さなければ誰も調査なんてしないので十分だと思ったのだろう。


 隙の多いヤツらだ。


「お、お前、どうしてそれを!?」


「一滴を口に含むだけで、意識を失って昏倒する毒ですよね」


 両親に向かって右足を一歩前に出す。


 二人は顔を引きつらせて怯えているだけだ。


 今度は左足を前に出す。


 両親が逃げだそうとしたので、魔法を使った。


『シャドウバインド』


 ゲーム内のジャックは闇系統の魔法が得意だった。どうやらこの体も同じようだ。


 やはりここは『悪徳貴族の生存戦略』と同じ世界なのかもしれないな。


 俺の影が縦に細く伸びると両親の足を掴み、スルスルと体を這い上がって腕や口までも押さえた。


「愛しい息子が近づいているのに逃げるだなんて、悲しいじゃないですか」


 立っていた父親の肩を押してソファーに座らせる。


 母親は涙が涙を流しながら何かを訴えているようだが、言葉にはならずモゴモゴと言っているだけだ。


 残念だな。


 豚語がわかれば理解できていたかもしれないが、あいにく俺は人間だ。


「息子が怖いから毒を盛るなんて酷い親ですね」


 瓶の蓋を開けると父親の顔を掴む。


 無理やり目を開けさせると数滴垂らした。


「ンーーーッ!!」


 まともな叫び声さえ上げられず、数秒ほど暴れてから意識を失った。


 死んではいない。


 意識不明の昏睡状態になっただけだ。


 この世界には永遠の眠りについてしまう奇病があるので、病で倒れたと処理できる。


 俺にしようとしたことを両親にしているだけ。良心の呵責などない。


 裏切り者には制裁を。


 日本で出来なかったことだが、権力者であるジャックなら可能だ。


 思うがまま。やりたいことをやってやる。


「次はお母様ですね」


 コイツも目をこじ開けてから毒を数滴落とす。


 父親と同じように数秒ほど暴れてから意識を失った。


 瓶には液体が残っているので、二人の口に空になるまで注いでいく。さらにワインも入れていくと、ソファーの上に吐き出した。


 瓶をポケットにしまうと息を吸って叫ぶ。


「父様! 母様! 起きて下さい! どうしたんですか!!」


 魔法を解いて体を揺さぶる。涙まで流してやると、ドアが勢いよく開いた。


「どうされましたか!?」


 グラスを持ってきたメイドが来たのだ。


 慌てた様子で両親の状態を見ている。


「旦那様! 奥様!」


 声をかけるが起きる様子はない。


 当然だ。あの毒は解毒不可能だからな。


 だからこそ起き上がった俺を見てあれほど驚いたのだ。


 声をかけても起きないと理解したようで、メイドはこっちを見てきた。


「坊ちゃま。何があったんですか?」

「わからない。話していたら急に倒れたんだ。医者を呼んできてくれ!」

「は、はい!」


 転がるようにして走り去っていくメイドを見ながら、家の乗っ取りが順調に進んでいることを感じていた。


 ジャックは男爵家で領地は狭いが、村はいくつかある。


 俺一人が豪遊するには十分な場所だろう。

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