第7話
「お待たせ」
「ん、おつかれ」
教室に戻ると、
放課後の教室は茜が差している。
「帰ろっか」
お互い自転車だけど、一緒に帰る時は二人とも乗らずに押している。その方が長く話せるから。
帰り道はたわいもない話をする。今日の授業がどうだったとか、あの先生がどうとか、推しの話とか、インスタの話とか、最近面白かったTikTokとか。
だけど、今日の私はそういう気分ではなかった。俯きがちに自分の影ぼうしを追いながら、光穂にはあまり振らない話をする。
「光穂はさ、好きな人とかいないの?」
「
「そういうことじゃなくて……恋愛的な意味で」
大きな丸眼鏡を夕陽に反射させながら光穂は遠くを見る。
「…………………………いないね。私は蓮乃みたいに純情な人間じゃないから」
「純情? 私が?」
「いや、不思議そうな顔しないでよ。御影くんのことめっちゃ好きじゃん」
「それはそうだね」
「いつも『こうしてる悠一がかっこいい』だの『あの表情の悠一が一番好き』だの聞かされた私の身にもなってくれませんかねぇ」
「あはは、ごめん……」
重たく塞がっていく心を隠して、私はいつも通りに笑う。
すると光穂は少しだけ黙った後、心配そうな表情を浮かべて言った。
「……蓮乃、なんかあったでしょ」
「え」
「変な顔してるよ」
「……そっかぁ。やっぱり光穂の目は誤魔化せないんだね」
「いや、私がどうとかよりも、蓮乃はまず隠し事が絶望的に下手くそなの気づいた方がいいよ」
「え!? 私、そんなにわかりやすいの!?」
「わかりやすいわかりやすい。今だって笑っているのにすごく痛そうな顔してたからね」
「痛そう――」
ずき、と心が泣いた気がした。
「さっきも言ったけどさ、蓮乃はすごく純情だからさ。自分が思ってることと違うことを言う時にすごい苦しそうな顔するんだよね。見かけは普通でもよく見たら作り物だってわかる」
だとしたら、それは私の心が痛いと叫んでいるのかもしれない。その声は私の耳に届いていないけれど、身体にはちゃんと伝わっていて、知らないうちに私の顔に表れているということなのだろうか。
「で、何があったわけ? 私で良かったら相談に乗るよ。ろくな恋愛経験してないけど」
「え、でもこういう話に巻き込まれるのは好きじゃないって」
「蓮乃は自分の好き嫌いと、す……親友が辛そうなの、どっち優先するのさ」
光穂はぶっきらぼうにそう言う。口調やトーンは適当でも、ちゃんと私を心配してくれる光穂の気持ちが伝わってくる。私は、彼女の頬が夕日色よりも少しだけ朱くなっているのを見て、やっぱり可愛くて、素敵な親友だなと思った。
「そうだね――」
話してもいいのかもしれない。
ここで、全部打ち明けて、それで光穂に協力してもらった方が良いのかもしれない。二人で協力して、あの女が悠一に会いに行くのを防ぐ。私の手札にはそれほど多くのカードがあるわけではない。ここで光穂という心強い味方を引き込めるならむしろ喜んでそうすべきだ。
「――ありがとう。でも、大丈夫」
だけど口から出たのはそんな言葉だった。
「一人でなんとかできると思うから」
「……そう。なら、いい」
光穂は、私の強い気持ちを汲み取ってくれたようで、それ以上は何も言わずにただふんわりと微笑んだ。その笑みに寂しさが混じっているのが見えてしまって、私は少しだけ心苦しくなる。
だけど、関係のない光穂を巻き込めない。
そんな話をしているうちにいつも別れる交差点につく。
「じゃあまたね」
「うん、また明日」
そう言って私は真っ直ぐ進み、光穂は左に曲がる。
「はぁ……」
私は自転車に乗って走り出す。
このあたりはそこまで人も車も多くない。キコキコと間の抜けた音を鳴らしながら私は家路をたどる。
季節がら日は長くなっているものの、空は徐々に暗くなりつつある。夕日は西の山々の向こうに隠れて空には白い月がぼんやりと浮かんでいる。星はまだ見当たらず、広いそらにぽつんとただずむ月がとても寂しそうだった。
「うーん、首尾は順調そうだね。結構結構」
「ひゃっ!?」
突然、右肩から至近距離で声が聞こえて、私は思わず声を上げる。ハンドルが覚束なくなって思わずこけそうになる。
「その反応はもう身飽きたよ。もっと別のリアクションが欲しいな」
「だったら驚かすような真似しないでよね! 危ないでしょ!」
「おっと声のヴォリュームはもう一回り下げた方がいい。僕の姿は普通の人には見えないからね」
「周りに誰がいるんだよ!」
「いやしかし、編み直しはとても順調のようだね」
「当然のように無視するな」
くそ、今は両手が塞がっているから払うこともできない。っていうか顔の周りをぷらぷらされるとほんとにハエみたいでとてもイライラする。
「僕の目から見て、もうほとんど目的は達成しているように見えるが君はどうなんだい?」
「んー? まぁそうね。正直もうできることはないかなー」
後は悠一の部活終わり頃を見計らってまた学校に向かえばいい。どこか喫茶店とかで時間を潰すことも考えたけど、生憎と今月は財布が厳しくて、今夜のご飯以外に使いたくない。
「
「そんなことできるわけないでしょ」
私は反論する。そんなことをしたら悠一はきっと私のことを嫌うだろう。そうなってしまっては意味がない。
「いやいや、全てが綺麗なままで思い通りに行くとは限らないさ。念のため、使えそうなラブホテルをいくつかピックアップしているけど」
「やめて。私はそんなやり方は絶対にしない」
「人を騙し、嘘をつくことは妥協するのに、これはやけに否定する。不思議だね。さしずめ舌は汚れてもいいけど身体は清らかでいたいということかな」
そう言われて私の胸は痛みに疼く。
嘘もついた。人も騙した。光穂は純情だって言ってくれたけど、私はそうは思わないし思えない。
きっと私の恋心はおかしい。不純だ。今さら自分が正常だとは思っていない。
あの屋上で、私は樋口藍花に敗北した。その敗北が私を変えた。きっと、私が抱いていた恋心はいつの間にか肥大化して私を飲み込んでしまっている。
……だったら、私も藍花のようなやり方でも良いんじゃないか。そう思う気持ちもある。
「何を犠牲にしても、私は必ずこの恋を取り戻す。そういうつもりだったんだけどな」
「迷っているのかい?」
「迷っているっていうか、ちょっとだけ弱気になってるって言った方が近いかも。本当の私を光穂に知られるのが……ちょっと怖い。光穂には嫌われたくないんだよ」
私は人と群れることがあまり好きじゃないし、そもそも苦手だ。一人の方が身軽に行動できるし、しがらみも少ない。集団を避けて行動する私に中々友達ができなかったのは当然と言えるだろう。
だけど、光穂だけはこんな私と仲良くなってくれたんだ。
「なるほどね。だったら
「――そう、だね」
とりあえずは今夜だ。部活終わりの悠一と一緒に行動して、藍花の部屋には行かせない。
視界に映る景色は次々と後方へと消えていく。
その中で、進む先に見える山のむこうにある夕日が今日という日に縋り付いている。
まるで、私の恋のように。
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