魔王様に溺愛されていますが、私の正体はあなたの天敵【聖女】です!
星見うさぎ
第1話 私はあなたの天敵です
大聖堂に穏やかな陽の光が差し込んでいる。
これからここで、ついにセリーヌの運命を変える儀式が行われるのだ。
彼女は今、真っ白いベールをかぶり、震えてしまわないように気を引き締めて立っていた。
繊細な刺繍が施されたドレスも白。ベールの下で今はあまり見えないけれど、ブルーグリーンの髪の毛にも純白の真珠がいくつもつけられていて、今のセリーヌは全身に白を纏っている。
手に持つ花束までもが、その純白を纏った全身に溶け込むような白だった。
「それでは陛下。結びの儀式をお願い致します」
目の前に立つ、真っ黒なローブを着た男性がセリーヌの隣を見て告げた。
その声に応えるようにベールが捲られ、隣に立つ魔王陛下がセリーヌの真っ白な喉元から顎にかけて手を伸ばす。
白銀の髪がサラリと揺れ、透き通るようなブルーグレーの瞳が目の前の彼女の金色の瞳を射抜くように見つめる。
(──ついに、この時がきたのね)
思えばここまであっという間だった。
セリーヌはほんの少し前まで、自分がこんな運命を辿ることになるなんて、想像もしていなかった。
静かに目を閉じる。
命をかける覚悟はもうとっくにできている。
心臓はこれ以上ないほどに強く震えているけれど、不思議なほどに頭の中は落ち着いていた。
セリーヌは今日、この儀式を終えれば、魔王ルシアンの──。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「……泣いているのか」
「っ!」
低く冷たい声に思わずセリーヌの肩が震えた。
無意識だった。泣くつもりなどなかったのに。
(覚悟は、とっくに決めたつもりだったのに!)
「申し訳、ありません」
「責めているわけではない。君の、人間の心を思えば当然なのだろう。……だが今更引き返すことはできない」
「……っ、はい」
その通りだった。もう引き返すことはできない。
セリーヌは今日、この魔王ルシアンの……
彼女はそのために、ここに来たのだから。
(……本当は、生贄に選ばれたのは元々私ではなかったけれど)
今更そんなことを考えても仕方がないことは分かっている。分かっているが、思ってしまう。
自分はどこで間違えたのだろうか。
間違えなければ、今こんなところにいることもなかったのだろうか。
伸ばされたルシアンの手が少しずれ、頬に触れる。
長い指がセリーヌの頬に流れた涙を拭った。
その仕草があまりにも優しく感じて、思わず息をのむ。
ここはセリーヌがこれまで生きてきた人の世界からは遠く離れた魔界、魔族がすむ場所。その中心部だ。
(魔界で大聖堂、なんてよく考えたらおかしいわよね。聖なるものは魔族と相容れないものなのに)
とはいえ人であるセリーヌにも分かりやすいように大聖堂と言っただけで、本当の名前は違うのだろう。
今行われているのはセリーヌを迎えるための儀式である。
すぐに命を捧げて終わりかと思っていたが、生贄を迎えるにも色々な手順を踏む必要があるらしい。
今日、真っ白な衣装に全身を包んだセリーヌとルシアンが【結びの儀式】というものを行い、魔王であるルシアンの魔力を生贄であるセリーヌの体に馴染ませる。
完全に馴染みきったところでやっとセリーヌはルシアンのものになるのだという。
その時こそが、自分の命が散る時だ。
……ところで、緊張とは別に、セリーヌには困惑していることがあった。
魔力を馴染ませる方法が、何度聞いても人で言うところの──口づけなのである。
(真っ白なドレスでベールを被って、祭壇の前で口づけ……まるで結婚式のようだわ)
あまりにも皮肉で笑いが込み上げてしまいそうだった。
セリーヌは、本当はこんな風に生贄になどなることなく、今頃幸せな花嫁になっているはずだったのだから。
そんな心のうちなど知りもせず、ルシアンの顔がゆっくりと近づいてくる。
心を無にして目を閉じた。
(私の、はじめての、口づけ……)
セリーヌは慎ましく恥ずかしがり屋で、長く婚約者であり恋人だった人とも口づけを交わしたことはなかった。
いろんな思いが湧き上がってくるものの、頭が真っ白で自分が何を思っているのかさえもよく分からない。
それほど緊張していた。
ルシアンの顔がほんの少し傾き、ふわりと甘い香りが鼻先を掠める。
次の瞬間、柔らかいものが唇に触れた。
「──っ」
頭の中はパニック寸前で、それでもなんとか冷静でいようと、心の中で数を数える。
いち、に、さん──。
(長い……!)
触れるだけの口づけ。しかしなかなかルシアンは離れていかない。
こちらから離れるわけにもいかず、されるがままで固まっている。
し、ご、ろく──。
(あ、あれ?)
こっそり、薄く目を開けてみる。
ルシアンの閉じた瞼が目に入った。まつ毛が長い。
戸惑う私に気がついているのかいないのか、ほんの少し口づけの角度が変わった。
しち、はち、きゅう──。
(……どうして?)
──じゅう。
やっとルシアンの唇がゆっくり離れていく。
呆然とするセリーヌに向かって、彼は甘く微笑んだ。
(微笑んだ? 生贄の私になぜ?)
けれど今はそれどころではない。
(どうして魔王様は、口づけをしても
てっきりこの口づけでルシアンはすぐに命を落とすのだと思っていた。
そしてそのことに怒った他の魔族たちに自分はそのまま殺されるのだろうと。
そんな自分の未来を思い描いては震えて、それでもなんとか覚悟を決めたのに。
ルシアンは生きている。おまけにいたって元気そうだ。
(おかしい。そんなはずないのに。だって、)
ルシアンは、セリーヌとの口づけで絶命する。
そのはずだった。
(だって、私の正体は
セリーヌの頭は予想と違う現実にキャパオーバーを起こし、とうとうそのまま気絶した。
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