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気持ちが押さえ切れなくなった上原君は、

あの日公園で綾ちゃんに、無理矢理キスしてしまった。


一度溢れた想いは、キスだけじゃ抑え切れなくなって…




けど綾ちゃんが急に泣き出し何度も謝り始めたので。


我に返った所で丁度やって来た芝崎君に、殴り飛ばされ…そのまま喧嘩に発展してしまったんだそう。





気を失った綾ちゃんを家まで連れて帰り、

目覚めるまで傍にいた上原君は…


綾ちゃんから直接、本当の気持ちを聞かされた。









「知ってたけど、な…。アイツ鈍いからさ。けどよ────」



聞きたかったんだ、本人の口からちゃんと。

そうしたら、少し吹っ切れたらしいけど…。



上原君も改めて告白して。傍にいると伝えた。


でも綾ちゃんが、芝崎君を選ばないと決めたからってそんなの…






「情けねぇだろ…?フラれてんのに必死になってさ。わかってっけど、今のアイツをひとりには出来ねぇし…俺だって────…どうしていいか、分かんねぇんだよ…」



煙草を擦り潰し、頭を抱えた上原君。

綾ちゃんの前では強がってるキミが、僕にだけ見せてくれた弱々しい本音。



そんなキミが、僕は愛おしくて堪らないよ。







「バカだよ、キミはっ…」


この涙は僕のじゃない。

きっと鏡に写る、キミの涙。


止めどなく溢れるのは、ずっと溜めてきたキミの痛み。





「なんでお前が、泣くんだよ…」



バカはお前だろ、と呟いて。






「うぇっ…ッ…」



優しいキミは、僕の頭を抱き寄せてくれた。







「泣いてるのはキミの方だよっ…」


「…意味わかんねぇよ。」



でも、伝わったみたい。

キミの手が、僕を優しく撫でるから。


こんなこと、欲張りにもほどがある。




僕は焦がれてやまないその胸に、身を寄せる。


ほんと、狡くてゴメンね…。











…それから日を増すごとに、

上原君も、隣りにいる綾ちゃんも。


その表情はくすんでいった。



互いに依存しながらも、

それが相手を苦しめている事も解った上で、

離れられずにいる関係。



それってホントに正しいのかな…?







「上原君…。」



廊下ですれ違い様、堪らず彼の腕を引く。


僕が言わんとする事が解っているからか…

キミはうんざりした様に、重く息を吐いた。







「もう、やめなよ…。」


「…言ったろ、お前には関係ねぇってよ。」



そうだね、と自嘲気味に返す。

でも放っておけないよ…。





「だって、しんどいんでしょ?隣りにいるの…」



俯き震える手で、

ギュッと上原君を掴んでいたんだけど。





「しつけぇな…」


唸るよう発せられた声に弾かれ、

見上げたキミの顔は明らかに苛立っていて。





「お前に、何がわかんだよっ…!!」



その腕は、思い切り振り払われてしまった。





「ッ…─────!!」



その拍子で彼の指先が、僕の頬を掠める。






「…!!─────チッ…」



一瞬気まずそうに、上原君は自分の手を見つめてたけど…すぐに背を向けられてしまい。


足早に去っていく背中に、僕は堪らず叫んだ。






「わかるよ!!僕だって…僕だって、ずっと見てるだけしか出来ないんだから…!」



キミと僕は、

まるで向かい合わせの鏡のよう。


同じように手の届かぬ人を求め彷徨う…



虚ろな存在。






キミは立ち止まり地を見つめたまま。




「知るかよ…」



吐き捨てるよう呟いて、行ってしまった。









「ふ…ぇ…ッ!」



密やかに騒ぎ出す生徒の視線。

往来にも関わらず、僕はその場に崩れ落ち…涙した。






キミのために出来ること。

例え僕が嫌われたとしても。


僕が苦しい事より、

キミが苦しんでる事の方が耐えきれないから。



無関係でも関わりたい。

なんでもいいから、縋り付きたいんだ。




それでキミが笑ってくれるなら。

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