振り向いてはくれないの。

6

side. Akihito

｢平気、なの…？」

その心配そうに揺れる瞳は…

何故か俺へと向けられていた。

｢は…？何言ってんだ、お前…」

何の特徴もない、子犬みたいなツラしてる癖に。

全くコイツの意図が読めず、無意識に顔が強張る。

大抵のヤツはこの時点で、すぐに怯んで目を逸らしちまうのに。

佐藤はまっすぐ俺を見据えたまんま、切なげに口を開いた。

｢僕、知ってるんだ…。」

“キミの好きなヒト”

｢…────！？」

ザワリと胸に靄がかかり、

俺は言葉を失う。

何なんだ一体…コイツが俺の何を知って、

｢綾ちゃん、だよね…」

｢なっ…」

それは的を射て、胸のド真ん中を貫く。

水島には全く気付かれなかった。

当たり前だ…誰がどう見たって、俺はただのイジメめっ子でしかなかったんだからな。

それだけの事をしてきたのだから、それは当然で。

なのに…

｢驚いた？そりゃ、そうだよね…。でも上原君、ずっと綾ちゃんの事、見てたよね────」

─────恋愛対象として。

他人に暴かれた俺の弱味。

吐き出す事なく密やかに湧き上がった想いが、

こうもあっさりと…良くも知らないヤツに暴露され。

俺のプライドは、脆くも崩れ去る。

｢何で、んなコト…」

否定は出来ない。

この気持ちに嘘は吐きたくなかったから。

それは無条件に、肯定を表してしまうのに。

｢…僕も、ね…見てたから。」

ずっと。

俺が水島を、浮わついた眼差しで捉えるように、

佐藤（コイツ）が、俺……を？

｢は……？」

険しい顔で凝視したソイツの顔は、

思いのほか本気で。

｢僕、キミが…好き、なんだっ…。」

｢…………！」

ワケわかんねぇ…いきなり過ぎんだろ、ソレ…。

しかし佐藤は至って真剣な表情で。

俺を陥れようとか、打算的なものは一切感じられないから。

｢マジ、かよ…。」

｢うん、マジ…。」

男が男に──────とか。今更偏見もクソもない。

それこそ自分の初めて自覚した恋心とやらを、

自ら否定することになんだから。

けど、よ…

まさか敵だと思っていたヤツ…しかも男から、

本気で好意を持たれるとか、想像もしてねぇから…

俺の頭ん中は完全にフリーズしてしまった。

｢ゴメンね…こんな時に、さ…」

そう苦笑する佐藤は、全てを悟っているんだろう。

俺の密かな恋心に気付くくらいだ。

水島や芝崎の事もひっくるめて、俺の現状に自身を重ねて共感しているとでも言いたげな…

そんな意味合いの『ゴメン』…だった。

｢キミを見る度に苦しかった。意外と…不器用なんだなって、綾ちゃんに上手く気持ちを表現出来なくって。いつも歯痒そうにしてたのを…知ってたから。」

だから最初は同情してたんだと思う、と。

申し訳なさげに俯く佐藤。

コイツからのあの視線は、決して敵意などではなくて。

それは、こんな俺に向けられた…慈愛の心。

それにだんだんと恋愛感情が伴っていって…

いつの間にか好きになっていたのだと、

佐藤は途切れ途切れにも告白した。

｢だからって、俺は─────」

｢分かってる、そこまで自惚れてないから…」

初めから『応え』が要らないとか、悲しすぎんだろ。

それがどれだけ虚しいかなんて、

俺が一番良く知ってんじゃねぇかよ、クソッ…

｢ざけんなよ、てめぇ…」

遣り場のないもどかしさを、キツく吐き出せば。

｢うん、ゴメンねっ…ゴメン…」

佐藤は切なげに濡れる顔を膝に埋め、

静かに泣いていた。

水島に迷うことなく差し伸べた手を、

その身を支えた胸を、

俺はどうしても佐藤に貸すことが出来なかった。

そんな残酷な優しさが、

更にコイツを追い詰める事が、解っていたから。

ただ、水島との時間─────…

4限目が終わる予鈴が鳴るまでは、ずっと。

1メートル弱の距離を保って…

並んでただ、座っていた。